第296話 対策本部

 コンピューター研の部室が、文香の捜索本部になった。


 部室の壁に向かってずらっと並んだ端末に、コンピューター研の十人の部員が向かっている。

 部室の真ん中にある大きな机には、部長の坂村さんがついて部員達を統括とうかつしていた。

 坂村さんの前には、六面のマルチモニターがあって、それらが別の画面を映している。


 俺達文化祭実行委員のメンバーは、全員でコンピューター研の部員をサポートして雑用をこなしていた。

 それと、おにぎりとか豚汁の炊き出しをして、みんなのお腹のほうも満たしている。

 おにぎりも豚汁も味付けは花巻先輩がしたから、味は保証済みだ。


 大人数で集まって、コンピューター研の部室には活気があった。

 なんか、こう表現したら不謹慎ふきんしんかもしれないけど、また文化祭準備期間が始まったみたいで、どこか心にたぎるものがある。

 文化祭の延長戦をしてるって感じだ。



 俺達は、文香の行方の唯一の手掛かりであるメッセージの出所を探るために、「クラリス・ワールドオンライン」のサーバーへの侵入を試みていた。

 長年、このゲームにお世話になってる俺としては、ゲームのサーバーに不正に入るなんてホントはしたくないけど、「冬麻君、怖いよ」っていう文香の悲痛な言葉を受けてしまっては、こうするしかなかった。


 一刻も早く、文香の安否を知りたい。


 坂村さん達は、怪しい場所から落としてきたツールや、自分たちでコードを書いたツールを使って試行錯誤している。

 パソコンの画面には、俺にはまったく分からない数字や記号が無数に流れていった。

 だけど、サーバー侵入作戦は難航してるらしい。

 坂村さんをしてもハッキングは簡単じゃないのだ。

 俺達みたいのに荒らされないように、厳重なセキュリティが施されてるんだろう。

 やっぱり、某エ○ァの冒頭っぽく、格好良く解除するってわけにはいかなかった。


「あー、小仙波君に肩を揉んでもらえたら、もっとはかどる気がするんだけどなぁ」

 端末を操作しながら坂村さんが言った。


「あっ、俺、肩揉みします!」

 俺はすぐに坂村さんの背後に回る。


「なんでも言いつけてくださいね」

 端末の操作を邪魔しないように、ゆっくりと坂村さんの肩を揉んだ。


「それじゃあ、そこのおにぎりを私にあーんして」

 坂村さんが机の上のおにぎりを指す。


「はい、どうぞ。あーん」

 俺が坂村さんの口におにぎりを持っていくと、坂村さんがぱくって食いついた。


 なんか、坂村さんにいいように使われてる気が、しないでもない。



 作業にはしばらくかかりそうだったから、徹夜を覚悟してコンピューター研に布団や寝袋を運び込んだ。

 花巻先輩が夕飯の献立こんだてを考えて、六角屋と南牟礼さんが買い出しに行くことになった。


 徹夜と聞いてなんの文句も言わないコンピューター研の部員は、坂村さんによく訓練されてる(まあ、俺達も花巻先輩によく訓練されてるんだけど)。



 そんなふうにしばらく作業してたら、

「部長、点検の時間です」

 コンピューター研の部員の一人が坂村さんに振り向いた。


「そうね」

 坂村さんはそう言って見ていたモニターから目を離す。


「これからサーバの点検するから、一旦、作業を中止するね」

 机から離れて、別の端末の席に座る坂村さん。


「点検、ですか?」

 俺は訊いた。


「うん、この学校のサイトや掲示板を置いてるサーバは、私達コンピューター研が管理してるの。そのサーバーの定期点検」

 坂村さんが答える。


 コンピューター研は、そんなこともしてくれてたのか。

 そんなコンピューター研からPCを奪った俺達って、いったい……


「どういうわけか特に今年になってから、うちのサーバに侵入しようとするアクセスが酷くて、点検は密にしてるの。こんな学校のサーバに侵入したって、たいした情報なんてないんだけどね。でも、ここを踏み台にして他のサーバを攻撃したり、他に迷惑かけることも考えられるから、管理はおろそかにはできないの」

 坂村さんが眉を寄せる。


 そういえば、文化祭準備や文化祭のときに、この学校を狙ったと思われる攻撃があった。

 それはネットの方にもあったのか。


 現実の世界でも、ネット空間でも、この学校って狙われてる?



「ふむ。ちなみに、そのアクセスはどこからくるのかな?」

 俺達の会話に花巻先輩が割って入った。


「東南アジアのA国からしきりに来てます……ただ、その国にある端末が乗っ取られてて、そこを経由してるだけだって可能性もありますけど」

 坂村さんが答える。


「なるほど…………」

 先輩が意味ありげに頷いた。


 花巻先輩は腕組みをして少し考え込んだあと、さらに深く二度三度と頷く。


「私は、文香君の居場所が分かったぞ」

 そして先輩が自信たっぷりな顔をして言った。

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