第295話 条件
「私に、ハッキングをしろと言うのですか?」
居間に敷いた分厚い座布団の上で正座した坂村さんが言った。
コンピューター研の部長、坂村亜美さん。
坂村さんは、某アーサー王の英霊の私服みたいな、ブラウスに青のリボン、スカート姿で、俺みたいなオタクを狙い撃ちしたファッションをしている。
部室には、花巻先輩が召集した文化祭実行委員が集まって、坂村さんと対峙していた(もちろん、伊織さんもいる)。
みんな休日だっていうのに、文香のことだって言ったら、すぐに部室に来てくれた。
歌のレッスンの予定があった今日子も、それをキャンセルしてここにいる。
「コンピューターを愛する私に、それを使って不正をしろと言うのですか?」
坂村さんが、少し怒った声で言った。
「それは可能だろうか?」
花巻先輩が真剣な顔で訊く。
「さあ、それは当たってみないと分かりません。ですが、当然、簡単ではないでしょう。ゲームのサーバーなど、外部からの攻撃に備えて鉄壁の防御をしてあるはずですし」
坂村さんが言うのももっともだ。
そんなに簡単にサーバーとかいじれたら、ゲームの運営なんて成立しなくなっちゃうし。
「消えた文香くんが残した唯一の手掛かりが、ゲーム内に残した一言のメッセージなのだ。なんとしても、そこから突破口を得たい。なんでもいい、そこから得られる情報があれば、得たいのだ」
先輩が言った。
「簡単ではありませんが、我が部には私が鍛え上げた精鋭が揃っています。彼らを動員すれば、可能かもしれません」
坂村さんが、渋々、って感じで言う。
「やってくれるか?」
先輩が坂村さんに迫った。
「いや、やってほしい」
先輩はそう言うと、正座した姿勢から背筋を伸ばして、いきなり土下座する。
畳に手を突いて、おでこを擦りつけるようにした。
花巻先輩、文香ためにそこまでしてくれるのか。
後ろに控えている俺達文化祭実行委員のメンバーも、先輩に倣って土下座した。
俺も、畳の跡が付くくらい、おでこを擦りつける。
「ちょっと、あの、手を上げてください!」
坂村さんが慌てて言って、先輩の手を取った。
「分かりました。ゲーマーとしての倫理には反しますが、ここは文香ちゃんのためです。やってみましょう」
「おお、そうか。この花巻梵、この恩は一生忘れまいぞ」
先輩、涙を流しそうな勢いだ。
俺達後ろの実行委員も、お互いに顔を見合わせて喜んだ。
「ただし、条件があります」
そんな俺達をよそに、坂村さんが一転、冷たい声で言った。
「条件、とな……」
先輩が首を傾げる。
条件って、なんだろう?
俺達は前にコンピューター研からPCをぶんどったことがあるけど、それと同じくらいの大きな代償を払わせられるんだろうか。
次の文化祭でコンピューター研を優遇しろとか、予算と大幅に増やせとか、言われるんだろうか?
あるいは、この「部室」をコンピューター研のために明け渡せ、とか。
「条件として、そこの小仙波君に私とデートしてもらいます」
ところが坂村さんはそんなことを言った。
「はぁ?」
図らずも、委員全員が裏返った声を出してしまう。
その声は完璧にシンクロしていた。
「そこの小仙波冬麻君に、私とデートしてもらいます」
坂村さんが重ねて言う。
「そ、そんなことでいいのであろうか?」
さすがの花巻先輩も面食らっていた。
先輩が動揺するなんて、10連ガチャ引いたら5枚SSRが入ってたくらいの、かなりのレアケースだ。
「こいつなんかでいいなら、デートどころか、坂村さんの使用人でも、ペットにでもなんにでもしてください」
今日子が言った。
いや、なんだよペットって…………
坂村さんは一部Mっ気がある男子から、叱られたい女子、或いは踏まれたい女子ナンバーワンの称号を得てるから、坂村さんにペットにされるって、ちょっとだけ興味はあるけど(ホントにちょっとだけ)。
「ね、冬麻、いいよね」
今日子が俺に訊いてくる。
「デートでいいなら……」
複雑だけど、それで文香の行方の手掛かりが得られるなら、安いものだ。
っていうか坂村さん、俺なんかとデートしてなにが楽しいんだろう……
人ごとながら、もっと有意義な条件を出した方がいいってアドバイスしたくなる。
「じゃあ、決まり」
坂村さんがパンッって手を打った。
「早速、我が部員を招集して解析を始めます。皆さんも手伝ってくださいね」
すぐに、コンピューター研の部室に「文香捜索対策本部」が作られた。
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