第294話 手掛かり

「伊織さん! 文香からメッセージが来たんです!」


 待ち合わせの駅に着くと、伊織さんがすでに来ていて、俺を待っていた。


 可愛らしいパフスリーブのブラウスに、花柄のスカートの伊織さん。

 いつも凜々しい感じの伊織さんが、今日はなぜが可愛さに全振りしたって感じのファッションをしていた。

 こんな時でもなければ、俺は目を皿のようにして、頭の天辺から爪先まで、伊織さんのすべてを脳裏に深く焼き付けていただろう。


「伊織さん! 文香からメッセージが来たんですよ!」

 俺は繰り返した。


「文香ちゃんから? ホントに?」

 伊織さんもびっくりしたみたいで、パッと目を見開く。


「文香、無事なんですよ」

 俺は自分に対しても噛みしめるように言った。


「そうだね。ひとまず、よかったね」

 そう言って笑顔をくれる伊織さん。


「ひとまず部室に行きましょう。花巻先輩に知らせて、あと、文化祭実行委員のみんなにも知らせないと」

 部室に集まって、みんなで対策を練る必要がある。


「……ああ、うん。そうだね」

 伊織さんが遅れて頷く。


「さあ、行きましょう」

 俺はそう言って伊織さんの手を取った。

 興奮していて、自然と伊織さんの手を握っていたのに、その時は気付かなかった。




 休日の部室で、花巻先輩はトイレ掃除の最中だったみたいで、割烹着かっぽうぎを着て手にゴムの手袋を嵌めていた。


「先輩、文香からメッセージが来ました!」

 興奮した俺が先輩に唾を飛ばす勢いで言うと、

「ふむ」

 先輩は平板な声で頷く。

 それからゆっくりとゴム手袋を外した。


「小仙波よ、まあ落ち着きたまえ。とりあえず、お茶でもいれよう」

 先輩はそう言いながら割烹着を脱ぐ。


 居間のちゃぶ台につくと、花巻先輩が氷を入れた冷たい「うす茶糖」を出してくれた。


 俺は甘い甘いうす茶糖で喉を湿したあと、先輩に成り行きを説明する。


 伊織さんとの待ち合わせで出掛けようとして、PCの電源を切ろうとしたら、ログインしてたゲーム内に文香からメッセージが届いてたこと。


(冬麻君、怖い)


 メッセージにはわずかその一言だけが書かれていたこと。


「ふうむ」

 先輩は俺の話を聞いて深く頷く。


「なるほど、小仙波と伊織君、二人はデートに出掛けるところだったのだな」

 花巻先輩が言った。


 あっ。

 べつに隠してたわけじゃないけど、バレてしまった。


「どおりで、伊織君の服装に気合いが入っているわけだ」

 先輩がそう言って笑う。


 伊織さんが下を向いてほっぺたを真っ赤にしてしまった。


「ははは、よいではないか、結構結構。若者は、恋多くなくてはならない。デート、大いに結構」

 先輩がそう言って笑い飛ばす。

 若者っていうか、先輩も十分若いんですが……


「それで、文香君からのメッセージは、その一言だけだったのだな?」

 先輩が一転、真剣な顔になって訊く。


「はい、一言だけでした。すぐにゲームの中で呼びかけてみたんですけど、返事はないし、それ以降、しばらく待ってみても続くメッセージはありませんでした」

 俺はとりあえずゲームは立ち上げたままにしておいて、以降の監視は妹の百萌に任せてきた。

 百萌には、ゲームに何かあったらすぐに連絡するように言ってある。


「ふむ」

 花巻先輩は腕組みして考え込んだ。


「『怖い』と、文香君ほどの者が怯えている。なにか、不穏な場面にあることは間違いなかろう」

 先輩が言う。


 そういえばそうだった。

 文香から連絡があったことに浮かれて飛び出して来ちゃったけど、このメッセージは不穏そのものでしかない。


「このメッセージの短さ。これを送るのが精一杯の環境にいるのか、なにか言いかけて、そこで躊躇ちゅうちょして止めたのか。止められたのか」

 先輩がうなる。


 文香が置かれた環境。

 文香の素性を考えると、それはやっぱり、戦場とか…………

 不穏すぎることが頭をよぎる。


「このメッセージ、どこから送ってきたとか、分からないの?」

 伊織さんが訊いた。


「うん」

 ゲーム内でそれを確かめる方法はない。


 俺達が出会う前、かつて文香は基地の周囲に飛んでるWi-Fiを拾って、そこからゲームにログインしていた。

 通信が遮断されたとき、文香はあらゆる方法を使ってそれを回復する能力を持ってることを考えると、この国の中のどこからでも、いやそれどころか、世界中どころからでもログインできる。


「文香君になにが起こっているのか知ることができる、唯一の手掛かりだ。もっと詳しく分析したいところだな。そのゲームの仕組みや、メッセージの仕組みに詳しい、コンピューターの扱いに長けた者がいればいいのだが……」

 先輩はそこまで言いかけて、

「おお、そういえばぴったりの人物がいた」

 自分で手を打って気付く。


 確かに俺達の周りには、ゲームに詳しくてコンピューターの扱いに長けた人物がいた。

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