第271話 贈る言葉
「先輩、どんな結果になっても、お客さんから石を投げられようとも、全員を凍り付かせようとも、先輩はいつまでも私の先輩ですから、どうぞ、最後まで演じきってきてください」
南牟礼さんが、顔の前で祈るように手を組んで言った。
なぜか南牟礼さん、涙目になっている。
「小仙波、とにかく、大きな声ではっきりとセリフを言おう。大きな声だけ出してれば、演技なんて下手でもお客さんにその熱意は伝わる。小さな声でぶつぶつ言ってるのだけは避けろ。あとは、ヒロインの雨宮さんがなんとかしてくれる。みんな雨宮さんを見ててお前のことなんかほとんど見てないんだから、緊張する必要はない。まあ、頑張ってこい」
六角屋がそう言って、いつになく熱い感じで俺の手を握った。
なんか、半分俺のこと哀れむような目で見ている。
「小仙波君、あのね。一生懸命やってることが分かれば、誰も小仙波君のこと笑ったり、馬鹿にしたりしないと思うの。私は、小仙波君が何に対しても一生懸命なのは知ってるから、全力で応援するよ。だから、全力で演じてきて。演技が上手い下手なんて関係ない。私、神様に小仙波君が無事に帰って来ますようにって、ずっとお祈りしています」
伊織さんがそう言って俺の手に何かを握らせた。
手の中を見てみると、そこにはお守りがある。
伊織さん、俺のためにわざわざこのお守りを買ってきてくれたらしい。
「小仙波君、人は、時に無謀だと思う相手に立ち向かっていかなければならないの。負けることが分かっていても、戦地に赴かなければならないこともある。だけど、安心しなさい。あなたには戻ってくる場所があるわ。私達がここに君が戻ってくる場所を確保しておいてあげる。銃後は私が守る。だから、精一杯戦って来なさい。傷ついても、お姉さんがこの胸に抱きしめていい子いい子してあげるから。思いっきり甘えさせてあげるから、傷を
月島さんがそう言って俺に濃厚なハグをした。
そのハグが濃厚すぎて、みんなに引き剥がされる。
「小仙波君、もしやらかしてこの学校にいられなくなったら、うちに来なさい。私と一緒に空を目指しましょう。広い大空を飛んでれば、嫌なことなんて忘れられる。大きな大地を下に見ていると、人の悩みなんてホントにちっぽけなものだって分かるの。だから、たとえ失敗しても、くよくよしちゃダメだよ。お姉さんと飲み明かしましょう」
篠岡さんが酒瓶を掲げる。
篠岡さん、酔ってるけど目は真剣だった。
「冬麻、まあ、なんていうか、私、いつもあんたに対してはきつく当たっちゃうところもあるんだけど、それは別にあんたのこと嫌いだとか、そういうことじゃなくて…………んーもう……とにかく、あんた、失敗したっていいじゃない。私は、小さい頃からあんたを見守ってるし、これからも、ね…………とにかく、悔いのないように演じてきなさい」
今日子が
素直な態度の今日子が可愛いというか、不思議というか……
これからクラスの演劇に臨む俺に、こうしてみんなが一言ずつくれたあと、花巻先輩が俺の正面に来て、ガッチリと両肩を掴んだ。
「小仙波よ、君の骨は私が拾ってやる。全国から集まって来た大勢の人達の前で、しかも、大トリの前というこの祭の最高潮の場面で、さらに、主役を演じる君の勇気は賞賛に値する。チャレンジするだけで価値がある。だから、安心して行ってきたまえ。失敗し、トラウマを植え付けられる結果になったとしても構わない。そのときは私のように留年して、何度もトライすればいいではないか!」
花巻先輩がそう言って「がははは」と豪快に笑った。
みんなの言葉が嬉しい。
だけど……
なんでみんな俺が失敗する前提なんだ!
なんで俺が大勢のお客さんの前で恥をかく前提なんだ!
まあ、俺も、そうなるんじゃないかって思ってるし、大失敗して深い傷を負う覚悟はしているけど。
「もうみんな、冬麻君は大丈夫だよ。冬麻君は私を相手にずっと影で
中庭から文香が力強く言った。
ああ、俺のこと分かってくれてるのは文香だけだ……
分かってくれるのが、戦車の文香だけだという……
「とにかく、頑張ってきたまえ」
花巻先輩がそう言って俺の背中をパンッと叩いた。
「行ってきます!」
俺はみんなに送り出されて、クラスの演劇に臨む。
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