第270話 影練

「終わったぁー! 完璧だったよ!」

 緞帳どんちょうが降りたステージで、佐橋杏奈ちゃんと今日子が抱き合っている。

 純白の衣装の二人がライブでかいた汗を浮かべて、さらにキラキラ輝いてた。

 二人が抱き合ってくるくる回ったり跳ねたりするから、どっちがどっちなのか、一瞬分からなくなる。


 ステージ上で、バンドのメンバーや杏奈ちゃん側のスタッフ、俺達文化祭実行委員で二人を囲んで、拍手で称えた。


 っていうか、杏奈ちゃんと抱き合ってる今日子が羨ましい。

 控え目に言って代わりたい。


 でも、ちょっと待て。

 俺は子供の頃から今日子と何度も抱き合ってるわけで、その今日子が杏奈ちゃんと抱き合ってるってことは、実質、俺が杏奈ちゃんと抱き合ってるってことでいいんじゃないだろうか。


 うむ。

 そうに違いない。



 一通り抱擁ほうようを終えた二人が、今度は周囲を見渡した。

 そして、

「みなさん、ありがとうございました!」

 杏奈ちゃんが深々と頭を下げて、今日子がそれに続く。


「最高のステージでした。アリーナとかドームとかの広い会場のライブもいいけど、こういう、お客さんと近いライブもいいって、初期の頃を思い出しました。それに、今日子ちゃんとのパフォーマンスも最高でした。こういうお客さんに対するサプライズみたいなの、一度やってみたかったんです。強力してくださって、ありがとう」

 杏奈ちゃんがもう一度頭を下げた。


「凄かったです! 杏奈ちゃんも、そして、今日子先輩も!」

 興奮した南牟礼さんが、今日子の手を取る。


「今日子ちゃん、可愛い!」

 伊織さんも駆け寄った。


「うむ。源が、あのような才能を隠し持っていたとはな……」

 花巻先輩が後方腕組み彼氏面みたいに頷いている。


「…………なんか、源が遠くに行った気がする」

 六角屋だけ、複雑な顔をした。

 そういえば六角屋、この文化祭の最中に、今日子に告白するとか、言ってなかったっけ?



「それにしても今日子、あんなダンスと歌、いつ練習したんだよ」

 俺は訊いた。

 さっきのステージの今日子は、杏奈ちゃんと完璧にシンクロしたダンスを見せていた。

 あれは、付け焼き刃で出来るようなダンスじゃない。

 今日子の運動神経がいいことは知ってるけど、それにしても、プロの杏奈ちゃんとタメを張るようなダンスを見せるとは。


「佐橋さんから一緒にやらない、って誘われて、お手本のムービー見ながらずっと練習してた」

 今日子が頬を赤らめて恥ずかしそうに言う。

 今日子の奴、夜中にこっそりと「部室」から抜け出して一人で練習してたらしい。


「あんたは演劇をやるし、伊織さんはライブをするし、私も、なんかしたくなっちゃたんだもん。この文化祭に、少しは傷跡残したかったんだもん。そんなこと考えてたときに、佐橋さんが誘ってくれたから思い切って…………」

 今日子が杏奈ちゃんの方を見た。


「私としては、顔がそっくりな今日子ちゃんに親近感があって、援護射撃してあげたくなったんだよね」

 今日子の視線を受けて杏奈ちゃんが言う。


「これで、鈍い誰かさんも今日子ちゃんの魅力に気がついたんじゃないかな」

 杏奈ちゃんが続けた。


「さあ、どうでしょう。そいつ、相当鈍いから」

 今日子がそう言って肩をすくめる。


「それもそうだね」

 杏奈ちゃんが言って、二人は双子みたいに笑った。 


 鈍い誰かさんって、杏奈ちゃん、誰のこと言ってるんだろう?



「でもなんか、こうしてステージに立つのが気持ち良くなっちゃった。私も、こっちの世界目指そうかな」

 嘘か本気か、今日子が悪戯っぽい笑顔を見せる。


 不覚にも、その時の今日子のことが可愛いとか思ってしまった。

 杏奈さんを差し置いて、一番輝いてるとか、思ってしまった。


「どうでもいいけど、あんたも頑張りなさいよ」

 今日子が急に俺に話を振る。


「えっ?」

 思わず俺は、素っ頓狂な声を出した。


「このあと、演劇の披露があるでしょ」


 嗚呼、そうだった。


 忘れたままでいたかったけど、これから俺には、演劇のステージが待っている。


「小仙波君の晴れ舞台か、私も見ていこうかな」

 杏奈ちゃんが言って、マネージャーの女性を見た。

 マネージャーさんは首を振っている。


 そうです。

 杏奈ちゃん、お忙しいでしょうから、このまま帰ってください。



 これから、俺にとって黒歴史になるであろう、舞台が始まる。

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