第269話 双子

 ステージ上に、杏奈ちゃんが二人いる。



 ドローン騒ぎを秘密裏に片づけて講堂に戻ったら、佐橋杏奈ちゃんのライブは本編が終わって、アンコールの最中だった。

 最後の最後で、観客席の盛り上がりも最高潮に達している。


 そして、なによりびっくりしたのは、ステージ上に二人の杏奈ちゃんがいることだ。

 ステージに杏奈ちゃんが二人いるせいか、客席の盛り上がりも二倍って感じで、講堂の中は、遅れてきた俺には入り込めない陶酔とうすい感みたいなもので満ちていた。


 二人いる杏奈ちゃんのうちの一人は、もちろん今日子だ。


 ステージ上で、同じ顔、同じ髪型、同じ衣装の二人が歌いながらダンスをしている。

 純白の衣装の二人が激しいダンスをしていた。

 ダンスは完璧にシンクロしていて、寸分の狂いもない。


 ホントに、杏奈ちゃんが分裂して二人になったように見えた。


 だけど俺には、ステージの向かって右側にいるのが今日子だって分かる。

 今日子の方がちょっとだけ目がきりっとしてるし、唇が若干薄い気がした。

 そして、胸もちょっとだけ小さい。


 でもこれは、生まれた時からずっと一緒にいた幼なじみの俺だから分かっただけで、他のみんなには分からないのかもしれない。

 現に、杏奈ちゃんファンの人達にも区別がつかないみたいで、二人の間で視線を行き来させながら大いに盛り上がってる。


 それにしても今日子、なにやってるんだ……


 このダンス、いつ練習したんだろう?

 こうやって杏奈ちゃんと一緒にダンスしってるってことは、事前に打ち合わせしてたってことだ。

 文化祭実行委員の忙しい仕事の間を縫って、いつのまにそんなことしてたんだろう。

 それに、幼なじみの俺でも、今日子の歌とダンスがこんなに上手いのは知らなかった。

 杏奈ちゃんとハモったりして、完璧に歌いこなしている。


 悔しいけど、今日子にドキドキしてしまった。

 せっかく杏奈ちゃんのライブを見に来たのに、なぜか今日子の方にばかり目がいって、そっちを追ってしまう。

 今日子なんて、それこそ毎日でも見られるし、いつでも話せるのに。


 杏奈ちゃんに扮した今日子に見とれてる間に曲が終わった。


 息を整えた二人がステージ中央に並ぶ。

 杏奈ちゃんの方がマイクを取った。


「みなさん、私が二人に増えてびっくりしましたか?」

 客席に向けて杏奈ちゃんが訊いた。

 「おおおっ!」って観客が答える。

 ダンスの動きを止めてまじまじと見ても、二人はそっくりなのだ。


「最後の曲を一緒に歌ってくれたのは、私の双子の妹です」

 杏奈ちゃんが言うと、「えええっ!」って講堂の天井が落ちそうな悲鳴のような声が上がった。


「嘘です!」

 すぐに杏奈ちゃんが言って、可愛く舌を出す。


 なんという、小悪魔…………


 この小悪魔感が、杏奈ちゃんをスーパーアイドルにしてる要因の一つなんだろう。

 振り回されても誰も怒っていない。


「実は、この彼女は、この学校の生徒さんなんですよ」

 杏奈ちゃんが言って、今日子の手を取った。


 客席が、「誰だ誰だ」ってざわざわする。


「彼女はこの学校の生徒、源今日子さんです!」

 杏奈ちゃんが今日子の手を掲げた。


 今日子がウイッグを取る。

 ウイッグの下から見えたショートカットの彼女は、確かに今日子だ。

 今日子は、恥ずかしそうに顎をちょっと引いて、上目遣いになった。


「えええええっ!」

 主にうちの学校の生徒から天井をぶち破りそうな声が上がる。

 ウイッグを取った顔は今日子でしかないんだけど、さっきまでは杏奈ちゃんに見えていた。

 普段、今日子と親しくしてれば親しくしてるほどびっくりするはずだ。

 普段の今日子は強気でちょっとツンツンしてる感じで、アイドルみたいに可愛らしい仕草とかはしない。

 いつも俺に世話を焼いていて、姉御肌な感じなのだ。


「このステージを盛り上げるために、彼女に協力してもらいました。私が分裂して二人になる演出を手伝ってもらいました。ほら、彼女、私にそっくりでしょ?」

 杏奈ちゃんはそう言って今日子の手を引いて抱き寄せた。

 二人が抱き合って頬を寄せる。


 ホントに、真ん中に鏡を置いたみたいに瓜二つだった。

 みんなからしたら、髪型意外に区別がつかないだろう。


「このステージ、私にとっても最高の思い出になりました。こんな素晴らしいステージを用意してくれた文化祭実行委員の皆さん、ありがとう。そして、このステージを盛り上げてくれた皆さん、本当にありがとう! また、ライブで会いましょう!」

 杏奈ちゃんが言って、今日子と一緒に頭を下げる。

 客席に向かって深々と礼をした。


 緞帳どんちょうが下ろされる。


 観客席からの声援はいつまでも止まなかった。

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