第268話 アールグレイとトニックウォーターと硝煙

「あなた達、なにしたの!」

 「部室」の中庭で文香とドローン攻撃の余韻よいんに浸ってたところで、月島さんと篠岡さんが帰って来た。


 二人ともあちこち駆けずり回ってたらしくて、息を切らしている。

 パイロットっていう絶対的な体力の持ち主の篠岡さんまで、肩で大きく息をしていた。


「なにをしたの?」

 月島さんがちょっと強めに訊く。


「あの、飛んでいた正体不明のドローンを撃ち落としたの」

 文香が答えた。

 文香の12.7㎜重機関銃からは、まだ、硝煙しょうえんの匂いがする。


「ドローンを、撃ち落とした?」

 月島さんはそう言って口をぽかんと開けたきり、しばらくそのままで固まった。


 全国からたくさんのお客さんを集めたグラウンドで文香が実弾を発砲したのは、とんでもないことなのだ。

 月島さん一人で責任を取れる範疇はんちゅうを超えた事件なんだと思う。



「あの、実は…………」

 俺は経緯を説明した。


 飛んでいた不審なドローンが学校に近付いて来て、文香が俺に指示を仰いだこと。

 月島さんや篠岡さんがいない状況で、すぐに判断を下さなければならなかったから、俺達だけでことに及んだこと。

 撃ち落とすときに、文香のデモンストレーションに見せかけたから、お客さんの間でも騒ぎにはならなかったこと。

 お客さんの頭上で実戦が行われていたなんで、誰も気付いてないこと。

 ドローンは人がいないところに落ちて、人的被害はなかったこと。


「まったく……」

 月島さんも篠岡さんも呆れていた。

 二人ともびっくりしたのを通り過ぎて、思わず口元が笑う。


「冬麻君のオーダーは、いつも的確で正しいんだよ」

 文香が言った。


「冬麻君の指示通り動いてると、絶対に負けないんだから」

 文香が続ける。


 まあ、ゲームの中での話だ。

 文香と一緒にゲームをするときは俺がいつもオーダー役で、文香はそれによく従ってくれた。

 文香は俺がやって欲しいことを確実に遂行してくれるし、指揮官としてはこれ以上ないチームメイトだった。

 二人でチームを組めば常勝だった。


「まったくもう、君って子は……」

 月島さんはそう言うと、いきなり俺を引き寄せて抱きしめる。

 月島さんの大きな胸に顔をうずめるような形になって、かなり苦しい(嬉しい)。


「良い判断だったよ。ありがとうね」

 月島さんが俺の頭を撫でた。

 月島さんの胸の中は、アールグレイの紅茶のような、香水の良い香りがする。


「文香がドローンを見付けて、外で警備してる部隊と連絡が取れなくなったから花園かえんと一緒に様子を見に出たんだけれど、まさか、二人で片付けちゃうなんてね」

 胸から伝わってくる月島さんの鼓動が、まだドクンドクンと速かった。

 月島さん、この学校になにかあったら大変だって、アドレナリン出まくりだったんだろう。


「この件については徹底的に調査します。恐い思いをさせて、ゴメンね」

 月島さんは俺を抱きしめながらそう言ってくれるのだけれど、俺は恐い思いなどしていなかった。

 横に文香がいたから安心感があった。

 何があっても、文香の絶対的な力があれば立ち向かえるっていう全能感がある。


「ほら、あおい。小仙波君を独り占めしないの。代わりなさい」

 篠岡さんがそう言って月島さんから俺を奪って抱きしめてくれた。

 篠岡さんの胸の中は、トニックウォーターみたいな清々しい匂いがする。


「もう! 小仙波君は私の生徒なの。酔っ払いは向こう行きなさい」

 月島さんが俺を取り返した。


 お姉さん二人に取り合いされるとか、最高か。


「ほら、二人とも、冬麻君が嫌がってますよ」

 文香の120ミリ滑腔砲の砲口が、月島さんと篠岡さんをとらえる。

 取り合いに文香も参戦してきた。


 こういう場合、どうしたらいいんだろう?

 ハーレムアニメの主人公って、こういう気持ちなんだろうか。


 そんなこと考えてたら、講堂の方から一際大きな歓声が聞こえてきた。


 そうだ。


 佐橋杏奈ちゃんのライブの最中だった。

 俺は、杏奈ちゃんのライブが今まさに始まろうとする瞬間に講堂を出たのだ。


 杏奈ちゃんのライブはまだ続いてるらしく、講堂からは、ドラムやベースの重低音が漏れ聞こえている。

 お客さんの歓声も最高潮に達していた。


「俺、ちょっと、行ってきます!」

 俺は急いで講堂に向かった(別に俺を取り合う三人から逃げたわけじゃない)。

 まだ間に合うかもしれない。

 もしかしたら、最後の一曲くらいは見られるかもしれない。



 外の杏奈ちゃんファンを掻き分けて講堂に入る。

 ライブはまだ続いていた。

 なんとか間に合う。


 ところが、そうやって辿り着いた講堂で、ステージの上が、とんでもないことになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る