第244話 戸惑い

「この学校の生徒で、ミスコンに出てもおかしくない素養と、度胸を持った人を知っています」

 月島さんはそう言うとがいる方向を見た。


 それは誰あろう、さっきまで酒盛りをしてて、気持ちよさそうな赤ら顔をしてる花巻先輩だ。


 そこにいるみんなが先輩の方を見る。

 突然注目を浴びた先輩が、「ほえ?」みたいな顔をした。

 制服のセーラー服の上に着た先輩の赤い法被はっぴが、妖しくはだけている。


「花巻さんなら、相手の叶さんと向こうを張って、堂々と渡り合える器じゃないかしら」

 月島さんが悪戯っぽく言った。


「それは、確かに、そうですけど……」


 あらためて花巻先輩を見れば、凛々しい顔に、背が高くて抜群のスタイルをしている(俺は一緒に風呂に入ったこともあるから分かる)。


 そして、胸にはとんでもない二つのモノを抱えていた。


 先輩の学力は常に学年トップだし、学校の勉強以外でも先輩の頭の回転の良さに疑問の余地はない。

 料理が得意で、「部室」で一人暮らしをしてるから生活力もあった。

 おまけに、この街のトップや財界人を魅了するようなカリスマ性も持ち合わせている。


 ミスコンの参加資格がある、っていうか、最終兵器感さえあった。

 今まで出なかったのが不思議なくらいに。


「私は、先輩ならふさわしい思うけど」

 今日子が言った。


「私も、代理なら花巻先輩しかいないと思います」

 南牟礼さんが言う。


「俺も、先輩が出たら盛り上がると思う」

 六角屋が言った。


「ばだぢぼ」

 伊織さんも言う(ちなみに、伊織さんは「私も」って言っったんだと思う)。


「先輩しかいないと思います」

 俺が抱いてるララフィールの縫いぐるみから、文香も声を出した。



「どう? 花巻さん。みんなこう言ってるけど、伊織さんの代わりに出てみない?」

 月島さんが訊く。


「私が、ミスコンに出場するのですか?」

 先輩はそう言うと首をひねった。


 まだ酔っていて、ちょっと、ほわっとした雰囲気になってる花巻先輩。


「ミスコン、ですか……」

 先輩は独りごちてしばらく考え込んだ。


 いつも即断即決で、何事に対してもレスポンスがいい花巻先輩にしては珍しいことだった。

 先輩がこんなふうに考え込むところ、初めて見た。


「やめておきますか? 先輩がいやなら、無理にとは言いません」

 俺は言う。


 やっぱり、先輩ほどの人でもミスコンに出るとなったら戸惑うんだろう。

 我が校の文化祭はこの街全体の祭でもある。

 そのミスコンなんだから、注目度としてはハンパない。

 グランプリになってもならなくても話題になるし、街を歩いてれば、しばらくそれを言われる。

 先輩でも二の足を踏むのは仕方がないことだった。


「やめておきますか?」


「いや、出るのにやぶさかではないのだ。やぶさかではないのだが、ミスコンに出るなら出るで、事前に分かっていれば、もう少し腹筋の辺りや尻の辺りを鍛えておいたのに、と考えていたのだ。さすれば皆の前でそれ相応のボディーを披露できたのだが…………そのほかにも、女子が水着になる場合、色々と準備がいるのだよ」

 先輩が腕組みしてうなる。


 は?


 先輩、そんなことで考え込んでたのか……

 心配して損した気がする。


「いえ先輩、このミスコンに水着審査とかありませんから」

 俺は言った。


「今のご時世、高校のミスコンに水着審査を入れるとか、そんな攻めた運営できません」

 六角屋も言う。


「そう、なのか」


「そうです!」

 そこにいた全員で突っ込んだ。


 っていうか先輩、水着審査があったら水着になってくれたんですか?

 それはそれで見たかった気が……


「よし、この祭を盛り上げるためである。このまま不戦勝などと興のないことはできまい。この花巻そよぎ、このミスコンに出場しようではないか!」

 先輩が胸を張って言った。

 言い切った。

 先輩が胸を張るから、制服の胸の部分が弾け飛びそうになっている。


 とにかく、それでこそ花巻先輩だ。

 お祭り女の面目躍如めんもくやくじょだ。


「そうとなったら早速準備を、時間がありません」

 今日子が言った。


 今、俺達は講堂のステージ裏にいるけど、表では合唱部のステージが佳境かきょうを迎えている。

 ミスコンは、合唱部の後で休憩を挟んですぐだ。


「では、一風呂浴びてくるぞ。一風呂浴びて酒を抜こう。酒臭いミスコン出場者など、前代未聞だからな」

 先輩がそう言って高らかに笑った。


「どうだ小仙波、一緒に入るか?」

 先輩が続ける。


 花巻先輩、まだ、かなり酔ってるみたいだけど、大丈夫なんだろうか。

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