第245話 三種目

「うむ、良い風呂だった」

 先輩が「部室」の風呂場から出てきた。

 その先輩を、俺たち文化祭実行委員と月島さん、パイロットの篠岡さんで囲む。


 先輩は濡れた髪をタオルでまとめていて、肌が水をはじいていた。

 先輩からはシャンプーの清々しい香りがして、もう、お酒の匂いはほとんど残ってない。


「酔いは覚めましたか?」

 俺が訊いた。


「うむ。まだ飲み始めたばかりだったからな。もう、まったくの素面しらふだ」

 先輩は、まだちょっと赤い顔で答える。


 飲み始めたばかりだったにしては、床に焼酎の瓶とか、空のワインボトルが複数本転がっていた。

 樽酒の日本酒も、四分の一くらい減ってる。

 花巻先輩もパイロットの篠岡さんも、とんでもないのんべえだ。


「っていうか先輩…………」

 なんでもいいので早く服を着てください。


 先輩は風呂場から出てきてバスタオル一枚体に巻いてるだけで、今にもその合わせ目が弾けそうだった。

 先輩の胸の大きなモノが、タオルにぎゅうぎゅうに押し込められてて窮屈そうだし。


「ほら、男子は出てって」

 俺と六角屋は今日子によって縁側に追い出された。


 しばらくするとドライヤーの音が聞こえてくる。

 たぶん、先輩の髪をブローする音だ。


 縁側と居間を隔てる障子の奥で、女子達がキャッキャウフフしながら花巻先輩をミスコン仕様に整えていった。

 先輩を着替えさせたり、化粧をしたりしていた。


 障子の裏には目くるめく世界が広がってるんだろう。


 この障子は指一本で簡単に開けられるけど、開けたらたぶん、俺は文化祭を一日でリタイアすることになりそうだから、ぐっと我慢する。



 そうして再び居間に入ると、そこには清楚な美女がいた。


 普段、その言動のせいもあって先輩のことを冷静に見ることがないから見過ごしがちだけど、改めて見ると、先輩って、伊織さんに勝るとも劣らない美人だ。

 伊織さんより大人っぽくて、お姉さん感がハンパない。

 落ち着いていてなんでも教えてくれそうな感じ。

 そんな大人がセーラー服を着てるっていうギャップもたまらない。


「なんだ小仙波、私の顔になにか付いているか?」

 俺がガン見したせいで、先輩に訊かれた。


「い、いえ……」

 俺はブンブン首を振る。



「さて、それで、ミスコンに出るとは決めたものの、何をすればいいのだ?」

 先輩が訊く(先輩、分からないまま出場するって決めたのか……)。


「はい、審査は例年と同じで、スピーチ、特技の披露、歌唱の三種目で行われます」

 六角屋が答えた。


 それを十人の審査員が審査する。

 最終的に観客の投票も加えてグランプリが決定する。

 もちろん、先輩が言ってた水着審査などはない(残念ではあるけれども)。


「スピーチなら、先輩が負けるわけありませんよね」

 南牟礼さんが言う。


 確かに。

 街の重鎮や企業経営者の大人を従えちゃうような先輩は、スピーチで負ける気がしない。

 弁も立つけど、その自信たっぷりの話っぷりとか、表情なんかが人を引きつけてやまない。

 大抵の人は、先輩の言葉にいいように操られてしまう。


「特技は何を披露しますか?」

 今度は今日子が訊いた。


「特技か、そうだな」

 先輩がそう言って空で考える。


「酒量なら負ける気がしないぞ。テキーラのショット対決などどうだ?」


「却下です!」

 全員で突っ込んだ。

 一応、これは高校のミスコンなのだ(大人のミスコンでもそんなの披露する人はいないだろうけど)。


「なんだ、テキーラのショット対決なら、私が相手になってもよかったのに」

 篠岡さんが言う。


 たぶん、二人がショット対決なんかしたら、勝負がつくのに朝までかかると思う。


「無難にいって、料理でしょうね」

 月島さんが言った。


 それに反論の余地はない。

 先輩は凝った料理から家庭料理まで、自由自在に料理ができる。

 いつも腹をすかせた俺たちを満腹にしてくれる。

 その味が格別なことは、ここにいる誰もが知っていた。


「料理か。料理でいいならそうするが、それでいいのか? なにかこう、もっと盛り上がるものの方がいいと思うのだが」

 先輩が言う。

 やっぱり、365日、毎日が祭を豪語する人の発想だ。


「いいんです。先輩みたいな、飛び抜けたカリスマ性を持った人が、さり気ない煮物などをさり気なく作る。そんなギャップが、また、たまらないのです」

 六角屋が自分で言って自分で頷く。


 女子達が「男って……」みたいな目で六角屋を見るけど、俺は全面的に賛成だ。



「最後に、歌唱審査ですが、先輩、歌はどうですか?」

 俺は訊いた。


「うむ、歌か。私の歌を聴いた者は、よく涙を流している。何がいいのか分からぬが、余程、感動するのであろうか?」

 先輩が言う。


 先輩、そんなに歌が上手かったのか。

 それは初耳だった。


「昔から実写版ジャ○アンなどと言われたものだ。私はアニメにうとくて、そのジャ○アンたるものが何者なのか知らない。何のことだかさっぱり分からないのだがな!」

 先輩がそう言って笑い飛ばす。


 実写版ジャ○アンって…………


 なんだか、雲行きが怪しくなってきた。

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