第243話 ハプニング

 部室に緊急事態を告げに来た女子に連れられて、俺達文化祭実行委員と顧問の月島さんが講堂の舞台袖に集まった。

 そこには司会をしていた今日子と六角屋もいる。

 ここに呼び出されたってことは、講堂で行われるステージでのハプニングか。


 講堂のステージでは合唱部が普段の練習の成果を披露していた。

 緊急事態の緊張とは裏腹に、講堂には透き通った歌声が響いている。


 俺達を呼びに来たのは、この後このステージで行われる「ミスコン」の実行委員の女子だ。

 その実行委員の十数人が、深刻そうな顔で俺達を囲んだ。


「一体、なにがあったんですか?」

 ミスコン実行委員の緊迫した雰囲気に、俺は恐る恐る訊く。


「それが…………」

 ミスコン実行委員の責任者、三年生の女子の先輩が事情を説明した。


「これからミスコンが始まるんですが、出場者の一人、伊織さんが、ライブで喉を痛めてしまって、出られないようなんです」

 三年の先輩、泣きそうな顔をしている。


「えっ?」

 俺は、合唱部が歌ってることも忘れて、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 みんなに、「しー」って諭される。


 そこに、さっきライブで大活躍してた伊織さんが顔を出した。


「どうぼ、ずびばぜん」

 伊織さんが、カスッカスの声で言う。


「彼女、ライブが殊の外盛り上がったことで、喉を酷使してしまったみたいで……」

 三年の先輩が言って、伊織さんが頭を下げた。


 まあ、あのデスボイスであれだけ叫んでれば、喉も枯れるだろう。

 ライブの盛り上がりに、伊織さんの中でストッパーが外れてしまったのかもしれない。

 何事に対しても完璧な伊織さんも、喉の強さまでは完璧ではなかったらしい。

 伊織さんの人間らしいところが見えて嬉しかったけど、そんなこと考えてる場合じゃなかった。


「ごべんばざい」

 伊織さん、ぺこぺこ頭を下げて恐縮しきりだ。


「だけど、そうか。伊織さんが出ないってなると……」


 今年のミスコンは、伊織さんと「叶さん」っていう三年の先輩との一騎打ちになっていた。

 伊織さん同様、叶さんもその美貌びぼうが周辺校どころかこの地域全体に知れ渡る人物だ。

 この二人には到底適わないって、他の出場者が辞退していった結果、今年のミスコンの参加者は二人だけになっていた。


 伊織さんが出ないとなると、当然、出場者は叶さん一人だけで、不戦勝になる。


 叶さんはミスグランプリにふさわしい人だし、それはそれでいいんだけど、不戦勝になると文化祭の盛り上がりとしては欠けてしまう。


 ミスコンは、文化祭一日目の山になるイベントの一つなのだ。



「仕方ないな。代わりに今日子が出ろよ」

 俺は言った。


「は?」

 今日子がびっくりして目を真ん丸にする。


「なんか、聞くところによると、今日子って結構かわいいらしいし。いけるんじゃないかと思って」

 俺は続けた。


「なななな、なによもう! カワイイとか!」

 今日子が顔を真っ赤にする。


「それ、いいんじゃないか」

 六角屋も言った。


「なによもう! 六角屋君まで。っていうか、私、司会で忙しいんだからミスコン出場とか無理。絶対無理。忙しくなくても無理だけど」

 今日子はそう言って、口を尖らせてぷいっと横を向く。


「そっか、十分、戦えると思うんだけどな」

 六角屋が頭を掻きながら言った。


 そうかと言って、今日子以外に出てくれそうな人物は思い付かなかった。

 ミスコンが始まるまで、もうあと数十分しかないのだ。

 準備が間に合わないし、叶さんの噛ませ犬みたいになるのを覚悟して受けてくれる人なんていないだろう。

 試しに俺が南牟礼さんの方を見たら、南牟礼さん、「無理です!」って言いながら、そのまま空を飛べるんじゃないかってくらい激しく首を振った。



「仕方ない。今年は、このまま不戦勝で叶さんがグランプリってことで、お客さんに納得してもらいましょうか?」

 三年生の先輩が言う。

 先輩、そう言って深いため息を吐いた。


 競う相手がいなくて盛り上がりに欠けるのは仕方ない。

 その分、叶さんに一人でステージで活躍してもらって、盛り上げてもらうしかない。

 ミスコン自体をなくして、ステージに穴を開けるわけにもいかないし。



 ミスコン実行委員も、俺達文化祭実行委員も、その方向で進めることに傾いていた。


 ところが、


「ちょっと待って!」


 それに今まで黙って話を聞いていた月島さんが口を挟む。


「私に良い考えがあるわ」

 月島さんが続けた。


 月島さんの「良い考え」は、悪い予感しかしない。


「この学校の生徒で、ミスコンに出てもおかしくない素養そようと度胸を持った人物を、私は知っています」

 月島さんがそう言って、ある人がいる方を見る。


 その人は、さっきまで部室で大酒を食らっていて、顔が真っ赤っかだった。

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