第242話 前祝い

「おおっ、小仙波、文香君、見回り大変ご苦労であった」

「小仙波君、相変わらずカワイイねぇ」

 俺は、年上の二人の女性にそんなふうに言われる。


 文香と校内を一回りして「部室」に帰ると、なぜか部室の居間が宴会場になっていた。


 花巻先輩と戦闘機パイロットの篠岡花園かえんさんが、ちゃぶ台を囲んで酒宴の真っ最中だ。

 日本酒に焼酎にウイスキー、瓶ビールの空き瓶も転がってるし、すでに空になったワインのボトルもある。

 日本酒なんて、大きなたるに入ったヤツをますに入れて飲んでいた。

 ちゃぶ台の上には、たぶんグラウンドの屋台群で買ってきたであろう、イカ焼きやたこ焼き、焼きそばやシシカバブなんかのおつまみが並んでる。


 二人とも顔を真っ赤にして上機嫌だ。


「花巻先輩、文化祭の最中だし、昼間っから飲んでていいんですか?」

 俺は、至極真っ当な質問をした。


「篠岡さんも、お酒飲んだりして大丈夫なんですか?」

 先輩だけじゃなくて、篠岡さんにも訊く。


 篠岡さんは、開会式で花巻先輩の派手な登場のために、ここまでF-3戦闘機を操縦してきた。

 今その戦闘機はグラウンドに駐機してあって、大勢のお客さんに囲まれて展示物のようになっている。

 篠岡さん、まさかあの戦闘機を酔っぱらい運転(操縦?)してくつもりだろうか?

 っていうか、戦闘機にも酔っぱらい運転とかあるのか。


「いいのいいの。今日はもう閉店したから。あの機体は、文化祭のあいだずっと置いておくことになってるし」

 篠岡さんはそう言ってグラスを掲げる。

 シャワーを浴びた後の濡れ髪で、先輩のスエットを借りてすっかりくつろいでる篠岡さん。


 まったく、二人ともお気楽なものだ。



 俺が呆れてたら、

「小仙波君、文香の縫いぐるみの調子どう?」

 月島さんも部室に顔を出した。


「ああ、月島……いえ、山崎先生。ちょうどよかった。二人を注意してください」

 俺は酒盛りをしてる二人を指す。

 一応、月島さんは先生だし、篠岡さんの友人でもあるから注意してくれると思った。


 ところが、

「おお、やってるねぇ。私も仲間に入れてもらおうっと」

 月島さん、止めるどころか二人の宴会に加わった。

 シャツを腕まくりして、本気飲みの体勢だ。


 まったく、この大人達は…………


 俺が大きくため息を吐くと、胸に抱いたララフィールの縫いぐるみから、文香の笑い声が聞こえた。



「小仙波よ、文化祭当日に忙しいようでは、文化祭実行委員失格なのだ。我々の仕事は、文化祭前日までにほぼ終わっている。こうして昼間っから酒が飲めるのは、君達実行委員の準備が完璧だったことの証明でもある。だから、この酒宴が盛り上がれば盛り上がるほど、我々文化祭実行委員会は成功したのである」

 先輩はそう言ってグラスの中身を飲み干す。


 確かに、先輩が言うことももっともだ。

 今のところ文化祭は順調に回っている。

 大勢の人出でも混乱はなかった。

 花巻先輩が無数のシナリオを作って、想定される混乱の芽を一つずつ潰してたからの結果だろう。


 だけど、なんか上手いこと丸め込まれた気が、しないでもない。


「っていうか、それはいいとして、この方達は誰なんですか?」

 俺は、やっぱり当たり前の質問をした。


 花巻先輩と篠岡さんの横には、白髪の男性がついてお酌している。

 花巻先輩と篠岡さんの宴会に混じって、五、六十台の紳士二人がお酒を飲んでいた。

 さっきから、なんでこの人が二人にお酌してるのか、不思議に思っていたのだ。


「この方達とは失礼だな。私にお酌をしてくれているこの方は、この街の市長さんだぞ」

 先輩が言った。


 えっ?


 そういえば、開会式の来賓らいひんあいさつで見た気がする。

 赤ら顔になってるけど、優しげな顔とか、恰幅かっぷくがいい体格とか、まさにその人だ。


「それに、この方は、三石重工の所長さんだよ」

 篠岡さんが、隣りに座るその人の肩をポンポンと叩きながら言う。


 えっ?


 そういえば、眉毛が立派な威厳のある顔は、ニュースとか街の広報誌とかで見たことがある気がする。


 この街の市長と、この街の経済の中心である三石重工の工場の所長。

 つまり、この街のツートップだ。


「二人共、我が校の文化祭が無事開催されたことを、こうして祝ってくれているのだ。一緒に酒盛りしておもてなししないわけにはいかないだろう」

 花巻先輩が言う。

 その先輩のグラスが空いてたから、市長さんがすぐにそれにお酌して満たした。


 おもてなし、っていうか、先輩と篠岡さんが一方的に二人にお酌させてるようにしか見えない。


 今まで先輩がこの街の重鎮じゅうちんと親しくしてるのは知ってたけど、実は、先輩こそがこの街を仕切ってる黒幕なんじゃないか、なんて、そんな気がしてきた。


「さあ、小仙波君も座って。君にお酒を飲ませるわけにはいかないから、ジュースで我慢してもらうけど」

 篠岡さんがそう言って俺にウインクする。



 ところが、その時部室のガラスの引き戸がガラッっと大きな音を立てて開いた。


「大変です!」

 一人の女子生徒が部室に飛び込んで来る。


「文化祭実行委員の方、すぐに来てください!」


 やっぱり、どんなに準備しても、一つも問題がなく終えるってわけにはいかないらしい。

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