第241話 啓示
水晶玉が怪しく輝いている。
真っ暗にした教室の中で、小さな
俺の前には、紫色のベールで顔を覆った女子生徒が座っている。
顔はよく見えないけど、髪の長さや体つきからして女子だと思う。
彼女は体にラメが入った紫の布を巻いて、インドのサリーみたいに着ていた。
占い師の彼女は、ロリロリしいララフィールの縫いぐるみを抱えて前に座った俺に、ちょっと面食らっている。
まあ、縫いぐるみを抱えて校内を練り歩く男を前にした反応としては、至って普通だと思う。
一瞬怯んだ彼女だけど、咳払いしてすぐに平静を取り戻した。
「何について占いましょう?」
彼女がベールの奥から俺をのぞき込む。
「何でも構いません、あなたの未来について占って差し上げましょう」
その女子が続けた。
少し芝居掛かったセリフで、彼女はすっかり占い師という役になりきっている。
「あの、恋愛運について教えてください」
俺が答える前に、文香がそんなことを言った。
「私のこれからの恋愛について、教えてください」
突然、ララフィールの縫いぐるみから発せられた声に、占い師の女子がびっくりしてのけぞった。
縫いぐるみを抱いた男が座ってるってだけで怪しいのに、もう、人を呼ばれそうな勢いだ。
「いえ、これは違うんです!」
俺は必死になって説明した。
これは文香の知覚機能が詰まった縫いぐるみで、この言葉を発したのは文香だってこと。
文香は離れた所から縫いぐるみに仕込まれたカメラでこの光景を見ていて、こっちの声も聞こえてるってこと。
丁寧に説明する。
「なるほど、そういうわけですか」
彼女が人を呼ぶ前に、どうにか納得してもらえた。
「だけど、えっと……」
占い師の女子は、俺と縫いぐるみの間で視線を行き来させて、戸惑っている。
事情が分かったとしても、今まで戦車の運命なんてを占ったことはないから、どうしたらいいのか分からないらしい。
しかもその相談内容が「恋愛運」ときている。
世界に何人占い師がいるか知らないけど、それを占ったことがある占い師なんていないだろう。
「出来るかどうか分かりませんが、見てみますね」
彼女はそう言って水晶玉に向き直った。
両手を水晶玉の球に沿わせてその中心を覗き込む。
両手を交互に動かしたり、交差させてリして、なにやら占ってるっぽい仕草をした。
真っ暗だし、雰囲気がある衣装と水晶玉っていう小道具のおかげで、それっぽく見える。
文化祭実行委員としては、占いの館をちゃんと運営してるって褒めたいくらいだった。
しばらくそうやって水晶玉に臨んだ彼女は、やがて手を止めて俺とララフィールの縫いぐるみに向き直る。
そして、もったいぶるようにもう一回咳払いした。
「あなたの未来のパートナーは、あなたのすぐ近くにいます」
彼女は第一声でそう言う。
「普段からあなたのすぐ近くにいて、空気のように自然に接している相手、それが、あなたの未来のパートナーです」
彼女が続けた。
「すぐ近くにいる人、ですか?」
スピーカーから聞こえる文香の声が弾んでいる。
「はい。幼い頃から、ずっとあなたの近くにいた人です」
彼女が答えた。
幼い頃からって、文香はまだ建造されたばかりで、今も十分幼いんだけど。
「近い将来、文香さんに試練が訪れます」
彼女がベールの中の表情を険しくした。
「大きな問題が文香さんの前に立ち塞がるでしょう。そのとき、未来のパートナーが、あなたの前に
彼女がそう言って、蝋燭の炎が揺れる。
なんか、全部抽象的な表現で、良いことを聞いたような感じもすれば、言ってることになんにも意味がなかったって気もする。
だけど、文香はカメラの絞りを全開にして、食い入るように占い師の彼女の言葉を聞いてた。
なんか、神の
「ありがとうございました」
文香と礼を言って席を立った。
教室を出て廊下に戻る。
真っ暗な中から急に外の光の中に出て、目がしばしばした。
「占い、どうだった?」
俺は廊下を歩きながら文香に訊く。
「うん、びっくりした」
文香が言った。
「びっくりした?」
俺は訊き返す。
「うん、あの占い師さん、本物だなって」
文香が遠くを見て言った(まあ、縫いぐるみだからずっと遠くをみてるんだけど)。
「本物?」
「ううん、なんでもない」
文香、なにが言いたかったんだろう。
とにかく、占いが気になるとか、文香も普通の女の子なんだなって、そんなふうに思った。
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