第240話 水晶

 文香が憑依ひょういしたララフィールの縫いぐるみを抱っこして、校内を回った。


 校舎の中は、相変わらず我が校の生徒や周辺校の生徒、街の人達でごった返している。

 廊下を歩いてると、各教室からの客引きの声や、ライブをしてる演奏の音で賑やかだ。

 そこここの教室でカフェや食堂をやってるから、コーヒーの匂いとか、いろんな料理の匂いが漂ってきて、鼻の方も忙しい。



 文香は見るものすべてが珍しいって感じだった。

 縫いぐるみの目に仕込んであるカメラが、キョロキョロとせわしなく動いている。

 今までも写真や他人が撮った映像では校内を見てるけど、こうして自分の感覚で見るのは初めてで、楽しくて仕方がないんだろう。


「見たいところがあったら遠慮なく言って。そっちにこの縫いぐるみを向けるから」

 俺は文香に言った。


「うん、ありがとう。今みたいに胸に抱っこして歩いてくれればいいよ」

 文香が答える。


 俺は、なるべくカメラを揺らさないように歩いて、各方向にまんべんなくレンズを向けた。


「この縫いぐるみがあれば、文化祭が終わった後もこうやって校内を回れるね」

 これがあれば、今まで文香が入れなかった所に入っていける。

 校内だけじゃなくて、店とか、家の中にも入れるだろう。


「文化祭が終わったら、これを月島さんに貸してもらって、もっといろんな所に行こう」


「……うん、そうだね…………」

 俺が言ったら、文香の答えは歯切れがよくなかった。

 文香は目の前の光景を見るのに忙しくて、それどころじゃないのかもしれない。


「ママー、あのお兄ちゃん、縫いぐるみさんとお話してるよぉ」

 そのとき、すぐ横にいた三歳くらいの男の子が、俺を指して言った。


「たかし君、見るんじゃありません」

 お母さんらしき女性は、男の子の目を塞ぐようにして、そそくさとそこから立ち去る。


 まあ、そうなりますよねー。


 縫いぐるみを抱えて独り言を言ってるように見える俺は、俺からしても近寄り難い。

 っていうか、月島さん、なんでこの装置の外観をララフィールの縫いぐるみにしたんだ…………


 これは便利だけど、その点だけは改良の余地があるかもしれない。



 もうこんなことで一々恥ずかしがってたら歩けなくなるから、半ば自棄やけになって堂々と廊下を歩いた。

 そしたら、

「おお、小仙波か。どうだ、私達超常現象研究会の『魔王の降臨会』に寄っていかないか」

 そんなふうに呼びかけられる。


 呼びかけたのは稗田さんだ。

 相変わらず真っ白な肌で、どこかゾクッとするような冷たい雰囲気がある稗田さん。

 そこは、稗田さん達超常現象研究会が使ってる教室の前だった。


「いえ、あの、今ちょっと見回りで忙しいので……」

 俺はやんわりと断る。

 寄ったら、また面倒なことに巻き込まれそうだし。


「ん? 小仙波、なんだその縫いぐるみは」

 稗田さんが目敏めざとくララフィールの縫いぐるみに気付く(目敏くっていうか、俺、堂々と胸に抱えてるんだけど)。


「なにか、この縫いぐるみからはただならぬ気配を感じる」

 稗田さんはそう言って縫いぐるみの顔を覗き込んだ。


「うむ。断言してもよい。この縫いぐるみには、なにかが宿っている」

 縫いぐるみと目を合わせて、稗田さんがうなる。


「これには、なにか、得体の知れないモノが取り付いている。これは、我が超常現象研究会が出張る案件だ」

 そう言いながら縫いぐるみを睨め付ける稗田さん。


「稗田先輩、こんにちは」

 見詰められて、文香がそんなふうに言った。

 いや、文香が縫いぐるみのスピーカーからそんな声を出した。


「う、うわああああああああ!」

 びっくりした稗田さんが、悲鳴を発しながら逃げていく。

 すぐに廊下の人込みの中に消えた。


 残された俺と文香で苦笑する。


 文香、GJ。


 意外なところで縫いぐるみの外観が役に立った。



「どこか、入ってみたい教室とかある?」

 気を取り直して文香に訊く。


「うーん、そうだな」

 縫いぐるみの目がクリクリ動いた。


「あそこにある、『占いの館』ってところに行きたい」

 文香が言う。


 二つ隣の教室のクラスが、占いの店を出していた。

 AIの文香も、占いとか、興味あるんだろうか。


「じゃあ、行ってみよう」

 文香が行きたいっていうし、入ってみることにした。



 教室は、窓を暗幕で塞いで暗くしてある。

 青いLEDの光を間接照明にして神秘的な雰囲気を出していた。


 中は衝立ついたてで区切って、窓側と廊下側に幾つか対面のブースを作ってある。

 そのブースに占い師の生徒が入っていて、客の相手をしていた。


「こちらへどうぞ」

 案内の生徒に導かれて、俺はその中の一つのブースにつく。


 そこには、顔を紫のベールで覆った女子生徒がいて、ソフトボールくらいある水晶玉を前に座っている。


「どうぞ」

 女子生徒に言われて俺も椅子に座った。

 俺達は机を挟んで対面する。

 水晶玉の横には蝋燭ろうそくが立ててあった。

 その炎が水晶玉に映って揺れている。


 占い師の女子生徒は、最初、縫いぐるみを抱えた俺に面食らってったみたいだけど、すぐに真顔に戻った。


「では、何について占いましょう?」

 女子生徒が静かな声で言う。


「あのあの、恋愛運について占ってください!」

 俺が答える前に、文香がそんなことを言った。

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