第239話 縫いぐるみ

「これを使えば、文香も校内を回れます」

 月島さんが自信たっぷりに言った。

 言いながら銀縁眼鏡をきらっと輝かせる月島さん。


 月島さんは、今日もぴしっとしたシャツとタイトスカートで決めている。


「なにを用意してくれたんですか?」

 俺は訊いた。


 そう言えば、以前、文香のサンタさんへのお願いを叶えるために、伊織さんが文香の体の代わりをしたことを思い出す。

 また、そういう装置でも作ったんだろうか?


「用意したのはこれです。さあ冬麻君、これを持って校内を回りなさい」

 月島さんがそう言って背中に隠していたなにかを差し出す。


 それは、なにあろう「ララフィール」の縫いぐるみだった。


 そう、さっき俺が射的の屋台で取ったあれとまったく同じ見かけの物だ。


 月島さん、こんなもの渡して、一体どういうつもりなんだろう?


「ほら、受け取って」

 月島さんに言われて、俺は釈然しゃくぜんとしないままそれを受けとる。


 あれ?


 受け取ったそれは、形こそ俺が取った「ララフィール」の縫いぐるみと同じだったけど、明らかにそれより重たかった。

 受け取った両手にずっしりときて、太った猫くらいの重さがある。

 中に詰まってるのが綿だけじゃないって解る。


「その縫いぐるみの中には、ぎっしりといろんな機器が詰まってるの。両目には高性能カメラ、耳にはマイク。口にはスピーカー。鼻には臭気センサー。手足には触覚センサー。体の中には、それらが集めた情報を文香とリアルタイムで通信できる装置と、一ヶ月はもつ大容量バッテリーが入っています。つまり、その縫いぐるみが文香の目となり耳となり口となって、校内を観察して、冬麻君との遣り取りが出来ます。遅延は数ミリ秒に抑えてあるから、違和感もなく、普通に会話する感覚で使えると思う」

 月島さんが説明した。


 この可愛らしい縫いぐるみの中に、そんな機能が詰まってるのか。

 さすがは月島さんって言うしかない。

 まあ、本来は文香のAIのコードを一人で書いちゃうようなエンジニアなんだから、こんなの朝飯前なんだろうけど。


「つまり、文香は縫いぐるみとして、冬麻君に抱っこされた状態で、自由に校内を回れるってわけです」

 そう言って胸を張る月島さん。


「ホント? すごい!」

 文香が興奮ぎみに言った。


 月島さんにすり寄って、車体を上下させる文香。

 大きな戦車だけど、子猫が飼い主にすりすりしてるみたいだ。


「ホスト側の設定をするから、文香ちゃん、ちょっと中を開けるね」

 月島さんはそう言うと、文香の車体に上がって、本来運転手が座る席のハッチを開けた。

 そこに入ってるラックマウントサーバーみたいな機器に自分のノートパソコンを繋いで、しばらくキーを叩く月島さん。


 しばらくして、

「文香ちゃん、どう? 縫いぐるみの目からの映像、同期してる?」

 月島さんが訊いた。


「うん! 見える。見えるし聞こえる。冬麻君に抱かれてて、冬麻君の心臓の鼓動も聞こえるよ」

 文香が言った。

 こら文香、大いに誤解を招くから、抱かれてるとか、人前で言うんじゃありません。


「よし、それなら接続も問題ないね」

 月島さんはそう言って、運転席のハッチを閉めた。



「さあいってらっしゃい。二人で楽しんでね」

 月島さんが手を振る。


「うん!」

 って文香が弾んだ声を出した。


 いえあの、これは、あくまでも文化祭実行委員としての見回りであって…………


「いってきます」

 とにかく、俺は「ララフィール」の縫いぐるみを抱えて校舎に入った。

 その場に文香の本体である戦車の車体は置いて行く。



「テストテスト、文香、聞こえる?」

 校舎に入って、俺は縫いぐるみに話しかけた。


「うん、聞こえるよ」

 縫いぐるみのスピーカーから文香の声が返ってくる。


「映像も見えるね?」

 俺は縫いぐるみの顔をあちこに向けた。


「うん、よく見える。すごい、ホントに、自分で校舎の中を見てるみたい」

 文香が言う。


 考えてみれば、文香は校舎裏にあるうちのクラスの特別な教室で授業を受けていて、こうして校舎に入ることはなかった。

 文化祭だけじゃなく、普段を通して初めての経験だ。


「なんか、ホントに冬麻君に抱っこされてるみたい。ララちゃんの姿で、ゲームから現実の世界に出てきたみたい」

 文香がそんなことも言う。


 確かに、文香が「ララフィール」の姿になってるんだから、この組み合わせで現実の世界でゲームしてるっていえないこともない。


 だけど俺は、そこで一つの問題に気付いた。


 そう、重大な問題だ。


 この「ララフィール」の可愛らしい縫いぐるみを抱えて、それと会話をしながら校内を歩いてるって、それ、端から見れば完全に不審者じゃないか(ララフィールは、成人でも幼女みたいな見た目の種族っていう設定だし)。


 事情を知らない人に見られたら、俺、完全に周囲から誤解される。

 俺の今後の学園生活が危うい。


 なんか、そう考えたら急に周囲の視線が気になった。


「どうしたの? 冬麻君? 体温が上がってるよ」

 文香が訊く。


「いや、あの……」

 ちょっと問題はあるけど、文香が楽しそうだから、まあいいか。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る