第207話 モテモテ

 銃で撃たれた俺がその場に倒れる。


「きゃあああああああああ!」

 刺すような女性の悲鳴が辺りに響いた。


 悲鳴の主は、ベル役の雨宮さんだ。


 雨宮さんが倒れた俺の上半身を起こす。

 そして、俺の頭を大事そうに両手で抱き抱えた。

 震えながら、悲しみをかみ殺すように歯を食いしばる雨宮さん。


 その雨宮さんに対して俺は、

「愛しています」

 って言う。


 雨宮さんは涙を流しながら頷いて、そして、俺の口を塞ぐように唇を重ねた。



 まあ、もちろん、顔を近づけて重ねたふりをするだけなんだけど。



「カット! うん、いいでしょう」

 委員長の吉岡さんがパンと手を叩いた。


 その合図で、雨宮さんが俺から顔を離す。

 俺の唇と雨宮さんの唇は5センチくらいしかなかったから、この場面を稽古するときはいつも冷や冷やした。

 雨宮さんからは、つみたてのミントみたいな爽やかな香りがする。


「このクライマックスシーン、台詞回しも完璧だったし、表情もすごく良かったよ」

 吉岡さんがまくし立てるように言った。


 俺、吉岡さんから初めて褒められた気がする。


「これで文化祭前の稽古は終わりでいいでしょう。あとは本番で頑張るだけだね。小仙波君、最初の頃はどうなることかと思ったけど、よくやったわ。裏で相当練習したんでしょ?」


「うん、まあ、ちょっとは……」

 本当はちょっとどころじゃなくて、文香に付き合ってもらって、みっちり練習したんだけど。


「今まできつく当たってごめんなさいね。でもこれは、うちのクラスのステージを最高のものにするためだから、許してね」

 吉岡さんがそう言って手を合わせた。


「そんな、吉岡さんが謝ることないから。最初ダメダメだったのは俺なんだし」

 今でも自分の棒読みの台詞とか思い出すと顔が真っ赤になる。

 あの頃はまだ吹っ切れてなくて、演技すること自体を恥ずかしがっていた。

 恥ずかしがることが、周りから見ればさらに恥ずかしいってことに、気付いてなかったのだ。


「本当にゴメン。ありがとうね」

 眉尻を下げて言う吉岡さん。


「ホントにいいから」

 委員長の吉岡さんは、やっぱり、勝ち気の吉岡さんじゃないとダメな気がした。

 勝ち気で、キツい目つきでクラス中の男子を怒鳴り散らしてて、俺を罵倒ばとうして、さげすんでるほうが…………って……


 まずい、危ない趣向に突き進むところだった…………



「小仙波君、良かったね」

 相手役の雨宮さんが笑いかけてくれる。


「ありがとう。ずっと迷惑かけててゴメン」

 雨宮さんは、最初から俺の大根演技にも笑ったりせずに、ずっと付き合ってくれた。


「今の場面でも、最後の方なんてホントに恋しちゃうところだった……かも……」

 雨宮さんはそんなことを言う。


 まさか、人気者の雨宮さんに限って、そんなこと思うはずはない。

 まあ、俺に対してリップサービスしてくれたんだろう。

 六角屋なら上手いこと言って返すんだろうけど、俺は照れて下を向くだけだ。



「さあ、それじゃあ本番頑張りましょう!」

 委員長が言って、出演者が「はい!」って声を張った。


 これで文化祭前のクラスの稽古も打ち上げだ。




 クラスメイトと分かれて文香と一緒に部室に帰る。

 辺りは真っ暗で、もう夜の11時を回っていた。

 クラスの演劇の稽古はこれで終わったけど、文化祭実行委員としての仕事はまだまだ残っている。

  今日も徹夜になるかもしれない。


「冬麻君、良かったね」

 並んで歩きながら文香が言った。


「うん、これも文香のおかげだね。何度も何度も稽古に付き合ってくれてありがとう」

 文香とは、毎晩、委員会の仕事のあとに二人だけで稽古をした。


「ううん。冬麻君と二人で稽古するの楽しかったよ。私もヒロインになって舞台に立つ気分を味わえたから、すっごく良かった」

 文香が言って砲塔をくるっと一回転させる。


「当日も、お互いに頑張ろう」

 俺が言うと、

「うん」

 って、文香が砲身を縦に振った。



 俺と文香がそんなふうに話ながら歩いてたら、

「おい、小仙波!」

 渡り廊下のところで、後ろから同級生に声をかけられた。


 なんだろうって思ってると、

「この前の写真、プリントしたからもってけよ」

 その同級生が言う。


「写真?」


「ああ、ほら、この前お化け屋敷をお前達にテストしてもらったときの写真だよ」

 ああそうか、彼はあのお化け屋敷をやるクラスだった。


「って、あのとき写真撮ってたの?」

 俺が訊く。


「まあな。文化祭の本番でも俺達のお化け屋敷に入ったカップルとかの写真を撮って、出口で渡すつもりなんだよ。そのテストも兼ねて写真撮ったから」


「ふうん」

 そんな遊園地みたいなことするんだ。

 あのクラス、中々凝っている。


「ほら、お前が怖がって源に抱きついたり、手を繋いでもらってたりしてる写真撮れてるから」

 同級生はそう言って笑う。


 えっ?


 あっ!


 こいつがいう源とは、もちろん、今日子じゃなくて今日子に変装した佐橋杏奈ちゃんのことだ。

 つまりこれは、俺と杏奈ちゃんが手を繋いだり、俺が怖がって杏奈ちゃんに抱きついてる写真だ。


「記念にとっておけよ」

 同級生はそう言って写真を渡すと、俺と文香を残して帰っていった。



 マズい……

 なんか、圧倒的にマズい……


 文香の隣りにいる文香が、ぶるぶる震えている。



「ねぇ、冬麻君……」

 文香が平板な声で言った。


「冬麻君、杏奈ちゃんと手を繋いだり、抱き合ったりしてたんだ」


「いや、文香、いえ、文香さん、それは誤解です!」


「ふうん、冬麻君は、あのスーパーアイドルの杏奈ちゃんと抱き合ったり、手を繋いだりできるモテモテさんだったんだ」


「いや、あれはあくまでも事故であって……あのお化け屋敷、本当に恐かったから…………」


「いいよね。モテる男子は」

 文香はそう言うと、俺を置いてさっさと行ってしまう。


 さっきまでの、稽古の打ち上げのいい雰囲気は消え去った。


 あの、文香さん。

 どうかこのことは、委員会のみんなには黙っていてください。

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