第208話 予報

 クレーンのブームが空高く伸びている。

 曇り空のグレーの中で、太いオレンジ色のブームが映えていた。


 クレーン車の周りには三十人くらいの大人が集まって、一生懸命作業している。

 クレーンに吊り下げられようとしてるのは、白い布で覆われた大きな塊だ。

 持ち上げようとしてるクレーン車並に大きい、その塊。


 その中身こそ、四式中戦車だった。

 文香が「部室」の中庭で見付けて俺達が発掘した、あの戦車だ。


 文化祭当日に披露するこの車両を、クレーンで披露するステージまで運んでいる。

 ステージは、グラウンドの校門のすぐ脇に作ってあった。



 クレーン車のエンジンが唸りを上げて、排気口から黒煙を吐く。

 前後四本のワイヤーで吊り上げられた車体が中に浮いた。


 車体はゆっくりと部室の屋根の高さくらいまで上がると、そこでクレーンが頭を振った。

 四式中戦車は浮いたままグラウンドに持ち出される。


 ギリギリと、ワイヤーとフックとが擦れる重々しい音がした。

 重さで太いクレーンのブームがしなってるように見える。


 空に浮かぶご先祖様の様子を、文香が心配そうに見ていた。

 車体についたカメラのレンズ全部がそっちを向いている。


 慎重にグラウンドに持ち出された四式中戦車は、一度トレーラーに乗せられて、トレーラーでステージ横まで運ばれる。

 そこでまた、クレーンを使って下ろされる手順だ。


 四式中戦車の30トンに届こうかという車体を持ち上げるから、クレーン車が必要になって、大勢の力を借りるこんな大掛かりになっている。



「よう、よそぎちゃん、順調かい?」

 俺達文化祭実行委員がみんなで作業を見守ってたら、後ろから恰幅かっぷくがいいスーツ姿の男性が声をかけてきた。


「あっ、社長、お疲れ様です」

 花巻先輩が頭を下げる。

 俺達、文化祭実行委員会のメンバーも釣られて頭を下げた。


「曇ってて暑くないのはいいけど、降り出しそうで心配だね」

 男性がそう言って先輩に笑いかける。


 どうやらこの人は、このクレーン車を貸してくれた重機レンタルの会社の社長さんらしい。


 このクレーンも作業員の人達も、全部、花巻先輩が手配してくれていた。

 ステージに名前を入れる代わりに、ただで作業してもらえるってことだった。

 先輩の知り合いの中には、こういう重機レンタルの会社の社長さんとか、建設会社の社長さんとかがたくさんいる。

 この人も花巻先輩の広い人脈の一人なのだ。


「文化祭が終わるまで、もってくれるといいけどな」


「もしかして、社長が雨男なんじゃないですか?」

 先輩が言って、男性が盛大に笑った。


 花巻先輩は、親以上に年上の人ともおくせず対等って感じで話している。

 軽口を言ったり、肩を叩いたり、すごく打ち解けた感じ。

 この人は先輩の人脈の一人っていうか、花巻先輩のファンの一人なんだろう。


「じゃあちょっと、発破はっぱかけてくるから」

 男性はそう言って作業員の人達の方へ行ってしまった。




「いよいよですね」

 俺は先輩に声をかける。


「うむ。いよいよであるな」

 作業を見守りながら先輩が頷く。


 この作業が終われば、文化祭前の準備はほぼ終わる。

 連日の徹夜でがんばったおかげで、なんとか目処めどをつけることができた。


「皆、よくやってくれた」

 先輩がぽつりと言う。


 そこにいる、今日子に六角屋、文香、南牟礼さん、伊織さん、そして俺、みんなが頷く。


 みんな、俺と同じで充実感に満たされてるのかもしれない。


 徹夜続きでヘロヘロだけど、こうして準備が終わってしまうと、寂しい気がした。

 もっともっと、ずっとこの準備期間が続いて欲しい感じ。

 この準備期間っていう時間の中で永遠に暮らしていたい感じ。


 って、あれ?


 そんなふうに考えてると、その時間の中に閉じ込められちゃう映画があったっけ。

 だから、そんなふうに考えるのもほどほどにしておいたほうがいいのかもしれない。



「だが、不安なのはこの空だな」

 先輩が言って空を見上げた。


 クレーンのブームが伸びているこの空は、曇っている。

 上空を重い雲が覆っていた。


 吹いてくる風が、重くて生温かい。


 みんな口にしないけど、誰もがそれを不安に思っていた。


 そう、三、四日前から、文化祭当日に台風がこっちに来るかもしれないっていう予報が出ていて、みんなそれが引っかかっているのだ。

 口にするとホントになっちゃうかもしれないって、みんな敢えてそれを口にするのを避けていた。



「しかし、こればかりはどうにもできないな」

 先輩が言った。


 当たり前だけど、花巻先輩にも不可能なことはあるらしい。


「我々にできることは、その大雨や台風にも備えて、万全の準備をしておくことだけだ」

 先輩が言って、みんなが頷いた。

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