第206話 大砲

「さあ、お手をどうぞ」

 六角屋が杏奈ちゃんに手を差し出した。


「ありがとうございます」

 杏奈ちゃんが六角屋の手を借りて文香の車体に上がる。

 文香に乗りたいって言った杏奈ちゃんを、六角屋がエスコートしたのだ。


 っていうか六角屋。

 俺には杏奈ちゃんに指一本触れるなって言っておいて、自分はいいのか……


「それじゃあ文香さん、お邪魔します」

「はい、どうぞ。いらっしゃいませ」


 砲塔上のハッチから杏奈ちゃんが文香の中に入った。

 杏奈ちゃんは俺がいつも座ってる車長席に座る(杏奈ちゃんが座ったこのシートは、ラップとかで包んで永久保存した方がいいと思う)。


 俺達も車体に上がって、砲塔の中の杏奈ちゃんをハッチから覗き込んだ。


「わぁ、いろんな機械がぎっしり詰まってますね」

 杏奈ちゃんが興味深そうに辺りを見回す。


「このモニターで、外が見えるんですね」

 目の前の広いモニターを指す杏奈ちゃん。


「はい。360度、どの角度の映像も見られますし、ドローンを浮かべれば、上空から周辺の状況も把握はあくできます。偵察衛星ともリンクしてますから、この国や周辺国の状況も見られますよ」

 文香がサラッとすごいことを言う。


 文香は軍事機密のかたまりだけど、まあ、杏奈ちゃんがスパイってことはないから、大丈夫か。


「狭くありませんか?」

 文香が訊く。


「ええ、狭いですけど、こんなに厚い装甲に囲まれてて、すっごく安心感があります」

 杏奈ちゃんが文香の装甲を撫でながら言った。


「安心してください。中に乗った人は、私が絶対に守りますよ」

 文香が男前な声で言う。


「すごい、頼もしい!」

 杏奈ちゃんが黄色い声を出した。


 この、杏奈ちゃんと文香っていう組み合わせも、やっぱり百合って言うんだろうか?


「この横にあるのが大砲ですよね」

 杏奈ちゃんが言う大砲っていうのは、もちろん、120㎜滑腔砲のことだ。


「この大砲って、撃てるんですか?」

 杏奈ちゃんが悪戯っぽく訊いた。


「撃ってみますか?」

 文香が訊く。


「えっ? いいんですか!」

 弾んだ声を出す杏奈ちゃん。


「ダメです!」

 周りの俺達全員で突っ込んだ。


 ここで120㎜砲を撃ったりしたら、大惨事になって文化祭どころじゃなくなる(まあ、文香は過去に何度か撃ってるんだけど)。


「文香さんって、冗談もお上手ですね」

 杏奈ちゃんが笑った。


「えへへ」

 文香が照れる。


 そうなのだ。

 文香は、冗談も言えるAIなのだ。


 文化祭直前でみんな緊張してたところで、杏奈ちゃんのおかげで部室は笑いに包まれる。

 さすがは、すべての人に幸せを分け与えてくれるスーパーアイドル、佐橋杏奈だ。



 だけど、楽しい時間はすぐに終わる。


 杏奈ちゃんは忙しいスーパーアイドルなんだから、今こうしてここにいるのが奇跡なくらいで、それも仕方ない。


「小仙波、駐車場まで皆で行くと目立つだろう。また、君が送って差し上げろ」

 花巻先輩が言う。


「分かりました」


 杏奈ちゃんは、ここに初めて来たときみたいに、フードを目深に被った。

 文化祭準備で忙しい校内では、フードを被った女子を気にする向きはない。


 マネージャーさんがいる駐車場まで杏奈ちゃんと並んで歩いた。

 こうやって並んで歩いてること自体が、今でも信じられない。


 歩きながら無言になって、何か話し掛けないとって、俺は俺の中の会話デッキを一生懸命探してみたけど、残念ながら今俺が持ってるのは、お天気デッキと趣味デッキ、休日は何してるんですかデッキくらいしかない。

 六角屋みたいにすぐに女子と盛り上がるような話題は持ち合わせていない。


 それでもなんとか会話の糸口を見付けようとあせってたら、

「あの、小仙波さん」

 杏奈ちゃんの方から話し掛けてくれた。


「……はい、なんですか?」

 緊張で口の中がパッサパサになってて、やっと声が出た。


「源今日子さんって、どういう方ですか?」

 杏奈ちゃんが訊く。


「えっ? 今日子ですか?」


「はい」


「ああ、あいつは幼なじみです。前に家が隣同士だったこともあって、生まれた時から中学校くらいまで、お互いの家を行き来するような仲でした」

 幼なじみっていうか、姉弟っていうか。


「ふうん」

 杏奈ちゃんが意味ありげな「ふうん」を言った。


「ホントにただの幼なじみなのかなぁ」

 杏奈ちゃんがそう言って俺の顔を覗き込んでくる。

 それだけで俺の顔が真っ赤になる。


「顔が似てることもあるし、私は、今日子さんを応援しちゃうな」

 杏奈ちゃんが言った。


 応援?


「応援って、何を応援するんですか?」

 俺が訊くと、杏奈ちゃんは一瞬立ち止まって困った顔をした。


「なるほど、篠岡さんや月島さんが、小仙波さんのこと天然の女たらしだっていう理由が分かりました」

 杏奈ちゃんは自分で言って、自分で頷いている。


「でもこれは、ホントに困った女たらしさんですね」

 杏奈ちゃんが言った。


 杏奈ちゃんに失礼だけど、変なことを言うと思った。

 そもそも俺は女たらしなんかじゃなくて、彼女いない歴=年齢を続行中の身なんだけれど。



 駐車場には、黒塗りのワゴンが止まっていた。

 スライドドアが開いて、中からスーツを着た女性のマネージャーさんらしき人が出てくる。

 運転席にも人がいるから、杏奈ちゃんは運転手付きの車で移動してるらしい。


「それじゃあ小仙波さん、文化祭当日もよろしくお願いします」

 杏奈ちゃんがぺこりと頭を下げた。


「はい、お待ちしてます」

 俺は上ずった声で言って頭を下げる。


 ワゴンに乗り込みながら杏奈ちゃんが、

「小仙波さん、今日子さんを負けヒロインにしたらダメですよ」

 そんなことを言った。


 ん?


 それって、どういう意味だろう。

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