第199話 鏡
目の前に、佐橋杏奈ちゃんがいる。
千年に一人と言われる、あの、今人気絶頂のアイドルだ。
制服っぽいミニスカートに紺のパーカーで、そのパーカーを
パーカーを目深に被ってても、スターが発するオーラのようなものがその下から漏れ出てる気がした。
キラキラと虹色に光る粒子に包まれてるっていうか、後光がさしてるっていうか。
「あれ? 私がいる」
その佐橋杏奈ちゃんが、今日子を見て不思議そうな顔をした。
今日子のほうも、杏奈ちゃんを見て固まっている。
こうして並んでみると、佐橋杏奈ちゃんと今日子、ホントに似ていた。
キリッとした眉毛とか、意思が強そうな目元とか、きゅっと結んだ唇の形も同じだ。
背の高さも、その、あんまり大きくない胸の大きさとか、スタイルもそっくりだった。
こうして杏奈ちゃんがフードを被ってると、髪の長さも同じように見えるし。
「幻、じゃ、ないですよね」
杏奈ちゃんが言う。
「本物ですよね」
今日子が言った。
二人とも、まだ狐につままれたような顔をしている。
自分そっくりな人が目の前にいたら、こういう反応になるのかもしれない。
「私、源今日子といいます」
今日子がそう言って頭を下げた。
「私、佐橋杏奈といいます」
杏奈ちゃんもそう言って頭を下げる。
そっくりな二人が向かい合って挨拶しあってる姿が
それにしても、外見がこんなにそっくりなのに、この雰囲気の違いはなんだろう?
今日子は生意気な幼なじみの今日子で、杏奈ちゃんはトップアイドルの杏奈ちゃんそのものだ。
姿は同じでも、二人はまったく違って見えた。
今日子もちょっとは可愛らしくすれば、杏奈ちゃんみたいになるんだろうか?
いや、無理な気がする。
それに、そんなの今日子じゃない気がした。
今日子は、生意気で、俺に対してお節介だから今日子なのだ。
「あのう、私がここにいることは……」
佐橋杏奈ちゃんが口の前に人差し指を立てながら俺達を見回す。
言外に、騒がないで、って言っていた。
あの人気アイドルがお忍びでここにいるってなったら、この学校の生徒はおろか、街中大騒ぎになるだろう。
文化祭前に大混乱になって、事故が起きる可能性もある。
杏奈ちゃんは、そのために暑い中でもパーカーのフードで顔を隠してるんだろうし。
「大丈夫です。私達三人とも、文化祭実行委員ですから」
今日子が杏奈ちゃんに言った。
「ああ、あなた達が実行委員さんなんですね」
杏奈ちゃんの顔がほころんだ。
その笑顔だけで心の中が全部杏奈ちゃんで満たされた。
なんだこの、魔法みたいな力は…………
「ひとまず、文化祭実行委員会が使っている部屋まで行きましょう。ここだと誰かが見てて気付くかもしれませんし」
今日子が言う。
俺達は部室に行く途中で、グラウンドの端で杏奈ちゃんに呼び止められて立ち話をしていた。
「ええ、そうですね」
杏奈ちゃんが頷く。
それはそうと、俺はここまで杏奈ちゃんに対して一言も発していない。
「あの、さっき、三人って言ってましたけど……」
杏奈ちゃんが訊いた。
杏奈ちゃんの目は、今日子と俺を見ている。
「はい、私も実行委員です」
後ろにいた文香が言った。
話し掛けられて文香を見上げる杏奈ちゃん。
その、鉄の鎧をまとった巨体。
どう考えても情報量が多すぎる……
杏奈ちゃんにしてみれば、目の前に自分そっくりな人物が現れたかと思えば、大きな戦車に話し掛けられたのだ。
「文香ちゃんのことは知ってますか?」
今日子が訊いた。
「はい、存じ上げています。この学校に通う、AIの戦車さんですよね」
杏奈ちゃんが文香に向かって微笑む。
杏奈ちゃんの笑顔攻撃を受けて、文香の車高が20センチくらい上がった。
サスペンションを目一杯伸ばして固まっている。
初めて会った有名人に文香は
それか、俺と同じで杏奈ちゃんに魅了のデバフをかけられたのかもしれない。
「文香ちゃんって仰るんですね。あなたも実行委員さんなんですか。文化祭当日はお願いします」
杏奈ちゃんがそう言って折り目正しく頭を下げた。
「は、は、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
文香も砲身を下げてお辞儀する。
こんな状況にも即座に対応して笑顔を見せる杏奈ちゃんは、やっぱり、一流のアイドルなんだと思った。
プロフェッショナルなのだ。
杏奈ちゃんは再びフードを目深に被ってうつむき加減になる。
そんな杏奈ちゃんを守るように、俺達で囲んで部室まで歩いた。
最悪、誰かに見付かったら、文香にスモークディスチャージャーから発煙弾を発射してもらって、その隙に杏奈ちゃんを文香の車長席に乗せて突っ走るしかない。
「これから、私達が『部室』って呼んでる建物に行くんですけど、びっくりしないでくださいね。うちの文化祭実行委員長、かなり特徴的な人なので」
今日子が言った。
「特徴的な人?」
杏奈ちゃんが
「会ってみれば分かります」
今日子が言って、
「楽しみだな」
杏奈ちゃんが言った。
二人は、もう打ち解けている。
部室に着くまでそうやって話し続けた。
っていうか俺、結局、一言もしゃべらなかった。
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