第196話 夜食

「さあみんな、腹一杯食べてくれたまえ!」

 花巻先輩の声がグラウンドに響いた。

 その声が校舎に木霊こだまする。


 深夜のグラウンドで、先輩が言う「炊き出し」が始まった。



 花巻先輩を中心に、俺達文化祭実行委員が手伝って用意したのは、おにぎりと豚汁だ。

 おにぎりは、梅干しと鮭、高菜に焼きたらこ、鰹節に昆布の佃煮。

 豚汁は、ゴロゴロと厚めに切った野菜と豚バラ肉がたっぷりと入った具だくさん。

 花巻先輩自慢のレシピだから、味は折り紙付きだった。

 その豚汁が大鍋いっぱいに作ってある。

 部室の倉庫から引っ張り出してきた大鍋は、南牟礼さんくらいなら丸ごと一人すっぽりと入ってしまいそうなくらい大きい。


 その鍋をグラウンドの真ん中に据えて、長机におにぎりを並べる。

 グラウンドの中心には、明かりとしてまきをくべたキャンプファイアの炎が上がっていた。

 これは、後夜祭のために用意しておいた薪を、緊急事態だからと取り崩して使っている。


「さあ、食べたまえ!」

 先輩がオタマを振って言った。


 先輩の声に、校舎を出てグラウンドに集まってきた生徒達が、大鍋と机の前に列作る。

 その生徒達に俺達がおにぎりと豚汁を配った。


「さあさあ、女子高生が握ったおにぎりだぞ! 皆、どんどんお代わりをするがいい!」

 花巻先輩がメガフォンで声を張り上げる。

 それを訊いて、伊織さんと今日子、南牟礼さんが恥ずかしそうにうつむき加減になった。

 こんなの、羞恥しゅうちプレイ以外の何ものでもない。


「ついでに美形男子高校生も握っているから、そちらが好みの御仁ごじんはそちらをどうぞ」

 先輩が続けた。


 それを訊いた生徒から失笑が聞こえる。

 みんな、美形男子高校生とか言われた俺を見て笑ってるんだと思う。


 先輩、恥ずかしいのであんまり変なことは言わないでください…………



 停電の混乱もあったし、お腹をすかせていた生徒におにぎりも豚汁も大好評だった。

 しばらく学校に寝泊まりしてインスタント食品ばかりだった生徒なんか、久しぶりの手作り料理に涙を流さんばかりに喜んでいる。


 みんな、キャンプファイアの周りに敷いたレジャーシートに座って、楽しげに話しながら食べた。

 さっきまでの停電の緊張はすっかり無かったことみたいになる。


 たっぷりと用意した豚汁の鍋が、あっという間に底が見えてきた。


 花巻先輩は、そんなみんなの様子を目を細めて見ている。

 エプロン姿の先輩がすごく頼もしく見えた。


 先輩って、この学校全体の「お母さん」って感じがする。

 一人や二人じゃなく、この学校全体包む愛に満ちあふれてるって感じ。


 まあ、「お母さん」とか言うと、先輩が「私は女子高生である!」とか言って怒るから、面と向かっては絶対に言わないんだけど。 



 大方の生徒に配り終えたところで、俺は月島さんのところへおにぎりと豚汁を持って行くことにした。

 月島さんは、配電盤の小屋があるところに付きっきりで、文香からの給電の様子を見てくれているはずだ。



 校舎裏では、相変わらず文香が黒煙を吐きながら発電していた。

「大丈夫?」

 俺が声をかけると、

「うん、大丈夫。まだまだ、発熱にも余裕があるし」

 文香が親指の代わりに砲塔上の重機関銃を立てて言う。


 月島さんは、眉を寄せてちょっと難しい顔をしながら、配電盤がある小屋のかべに寄りかかっていた。


「夜食です。どうぞ」

 俺が持って行くと、 

「ああ、ありがとう」

 月島さんはそれまでの難しい顔を隠すように破顔はがんする。


「おっ、おにぎりと豚汁ね。もしかしてこのおにぎり、冬麻君が握ってくれたの?」


「はい、そうですけど」


「ふうん。男子高校生が握ってくれたおにぎりか。おいしそう」

 月島さんがふざけて言った。

 月島さん、そう言って俺が恥ずかしがるのを楽しんでいる。


 花巻先輩と月島さんって、思考が同じだと思った。



 傍らで食べる姿を見ながら、俺には月島さんに訊いてみたいことがあった。

 さっき、スマートフォンで電話をしながら厳しい顔をしてた月島さんのことが気になったのだ。


「ああ、あの電話ね」

 月島さんがおにぎりを頬張りながら言う。

 そして、遠くに目を飛ばして少しの間、考え事をした。


「ここだけの話、なんだけどね」

 やがて、豚汁で口の中のおにぎりを流し込んだ月島さんが、俺の目の奥を覗き込むようにして言う。


「冬麻君だから言うんだけどね」

 念を押す月島さん。


「この停電、近くの変電所で起きたテロで引き起こされたみたいなの」

 月島さんの口から、そんな言葉が発せられた。


「テロ、ですか?」

 俺はそう言ってから息を呑む。


「ええ、これが事故じゃなくて変電所が攻撃されたのは事実」


「もしかして、それって文香と関係ありますか?」


「さあ、犯人も分かってないし、犯行声明とかも出てないから、まだなんとも言えないのだけれど、でも、こちらは関係あるかもしれないと見て、動いています」

 月島さんの顔が、自衛官としての顔になっていた。


「大丈夫。暗闇に乗じてこちらを襲おうなんてやからが近付けないように、この学校の周りはうちの部隊が何重にも囲んでるし、空には戦闘機もヘリも上がってるから」

 月島さんはそこで笑顔を見せるけど、それが却って事態の深刻さを表してるような気がした。


「ここは、なにがあっても守るから」

 月島さんが言う。


「あなた達の文化祭は、絶対に開かれるから」

 花巻先輩と違う意味で、月島さんの言葉は頼もしかった。

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