第195話 復旧
文香が空に放った照明弾で、辺りが昼間のように明るくなった。
学校の上空に小さな太陽のような火球が上がっている。
その太陽は、輝きながら優雅に宙を舞っていた。
俺は、文香の車長席のハッチを開けて、そこからまばゆい光を見上げている。
停電の暗闇で混乱しかけていた校内の生徒達が、ひとまず冷静さを取り戻した。
暗闇が明るくなって安心したのとともに、半分、照明弾にびっくりしたのもあるんだろう。
とにかく、停電で混乱して誰かが怪我をする、なんて最悪の事態は避けられた。
なにかあって、それに引きずられて文化祭が中止、なんてことになったら目も当てられない。
「お手柄だったね」
俺が文香の装甲を撫でながら言うと、
「うん!」
って、文香が嬉しそうに答えた。
照明弾の明かりの中で、校舎の三階の窓から花巻先輩がこっちに向けて親指を立ててるのが見える。
伊織さんや今日子、六角屋や南牟礼さんもこっちに手を振っていた。
文香がそれに砲身を振って応える。
照明弾のことを思い付いてグラウンドの文香のところへ走って来た俺は、慌てていて上履きのままだったことに、今頃気付いた。
文香が打ち上げた照明弾の明かりはすぐに消えてなくなったけど、もう、その頃には花巻先輩と伊織さんが校内の生徒達を
メガフォンを持った二人が指示を出して、クラスや部活単位で点呼を取って、校舎や部室棟に残っている生徒が全員無事なのを確認した。
その動きは、職員室から出てきた教師よりも速い。
「あなた達、大丈夫?」
落ち着いた頃に月島さんも職員室から抜け出してきた。
月島さんは暗がりで懐中電灯を俺達に向ける。
「先生、この停電、どうなってるのか分かりますか?」
花巻先輩が月島さんに訊く。
「それが、
月島さんが暗闇に肩をすくめた。
「このまま灯りがないとみんな不安でしょうし、かといって、街全体が停電してる状態で、生徒を帰すわけにもいかないでしょうし」
伊織さんが言う。
伊織さんには、生徒会の一員としての責任もあった。
「とりあえず、灯りがあれば作業はできるから、灯りだけでも確保できればいいんですけど…………みんな、手を動かしてた方が不安を忘れられるだろうし」
六角屋が言った。
確かにそれはある。
元々みんな徹夜覚悟でここにいるし。
「それなら、文香ちゃんに発電してもらうのはどうかな?」
月島さんが言う。
「文香に?」
「ええ、彼女はハイブリッド戦車だし、あの体を動かす大出力のエンジンを積んでるし。それを回せば校内の灯りを
月島さんが続けた。
事情を知ってる俺からすれば、白々しく聞こえる。
なにしろ、月島さんは文香の開発責任者なのだ。
「それができるなら、そうしてもらえるとありがたいですが……」
事情を知らない伊織さんが、首を傾げながら言う。
「よし、文香君に頑張ってもらうとしようか!」
花巻先輩が、ぱんと手を叩いた。
さっそく、文香を校舎裏の配電盤がある小屋の前に連れて行く。
月島さんが懐中電灯で一通り設備を確認して、文香の後部上面のハッチを開けた。
「文香ちゃんは、緊急時に施設や陣地の機器に給電できるように設計されてる…………はずだから…………」
ハッチから極太のコードを出しながら月島さんが言う。
この際、なぜ、プログラミング講師の山崎先生こと月島さんが文香のエンジン周りや電源周りに詳しいかは、不問にしておく。
もう月島さんの正体について気付いてるであろう花巻先輩も、なにも言わなかった。
月島さんが文香を学校の配電盤に繋いでる間に、俺達は部室の中庭に置いてある文香の食事用の軽油が入ったドラム缶を、小屋の側まで運んだ。
大食らいの文香のために、常時ドラム缶はたっぷりと用意してあるのだ。
「よし、文香ちゃん、いいよ!」
やがて、配線を繋ぎ終えた月島さんが呼びかけた。
「はい!」
文香が返事をした。
文香のV8エンジンが
轟音でみんな耳を塞いだ。
文香の脇にいると、内臓にビリビリと振動が伝わってくる。
排気口から吐き出される黒煙で、暗闇がもっと暗くなった。
けれども、その黒煙の隙間から、校舎の窓に次々に明かりがともるのが見える。
校舎や部室棟の照明がすべて復旧した。
暗い街の中で、我が校だけが煌々とした光を取り戻す。
「文香ちゃん、ありがとー!」
「助かったー!」
「文香ちゃん頑張ってー!」
窓から口々に生徒達が声をかけた。
文香は恥ずかしそうに油圧のサスペンションを上下させる。
「さあ、次は炊き出しである! 皆、明かりが戻って人心地がついて、腹が減っているのに気付く頃であろう。さあ、急ぐぞ!」
花巻先輩が言った。
「はい!」
委員のみんなが声を揃える。
この、停電っていうトラブルが、却ってみんなを団結させたし、意気も揚がった。
普段、いろんなことに対して斜に構えてる俺の中にも、なんだかたぎるものがある。
やっぱり、これが文化祭なんだ。
部室に鍋や食材を取りに急ごうとしたら、月島さんが校舎の影に隠れるようにして電話をしてるのが見えた(月島さんのスマートフォンは地球上どこにいても繋がる衛星スマホだ)。
校舎の窓からの光に照らされる月島さんの表情が、少し厳しくなったような気がする。
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