第190話 史上最高

「よし、それじゃぁみんな、スタイラスペン置けー!」

 担任の真田の声が教室に響いた。


 それまで静まりかえっていた教室が、「ふー」とか「わー」とか、クラスメートの声で騒がしくなる。

 「終わった-!」っていう清々しい声や、「(別の意味で)終わったぁ」っていう、悲鳴に近い声も聞こえた。


 とにかく、テスト用のタブレット端末が回収されて、これで期末テスト四日間全日程が終わる。


「ふぅ」

 俺も、肩の力を抜いた。

 意識してなかったけど、今頃になって緊張して体がこわばってたのが分かる。


 その出来はどうであれ、こうやってテストが終わったあとの開放感は格別だ。

 ひとまず、全ての問題から解放されたような感じがして、心が自由になる。


 それも、一瞬のことなんだけど。



「冬麻君、テストどうだった?」

 隣にいる文香が訊いた。

 文香は砲塔の正面を俺の方に回して、車体に付いたカメラ全部を俺に向けている。


「冬麻、どうだったの?」

 今日子も俺の机までテストの出来を訊きにきた。

 椅子に座ってる俺を見下ろして、腕組みする今日子。


「まあ、あれだけ勉強見てもらったんだから、出来て当然でしょうけど」

 今日子が嫌みっぽく言った。


「まあ、ダメだったとしても、追試を頑張りなさい。花巻先輩は赤点取ったら文化祭の準備に参加させない、なんて言ってたけど、話が分かる人だから、ちゃんと謝れば許してくれると思うよ」

 今日子が肩をすくめてやれやれって顔をする。


「そうだよ。私も一緒に先輩に頼んであげる。私は寝ないでも大丈夫だから、よかったら、追試の勉強を見てあげるよ。一緒に勉強しよう」

 文香が言った。


 二人とも、俺に同情してくれている。


 だけど二人とも勘違いしてる。

 それも、大いなる勘違いだ。



 今回の俺は、前までの俺ではないのだ。



「テスト、ばっちり出来た」

 俺は言った。

 二人に向けて言ってやった。


「はっ?」

「えっ?」

 二人が上ずった声を出す。

 今日子は目を丸くしてるし、文香のカメラの絞りが全開になった。


「近年まれに見る手応え、っていうか、生まれて今まで受けてきたテストの中で、一番大きな手応えがあった。相当いい点取れたと思う」

 俺は言う。

 大きな声で、自信を持って言えた。


 どの科目も、伊織さんや月島さんに教えてもらったところが出てきて、ちゃんと回答できた。

 スラスラと筆が進んだ。

 時間配分も完璧で、全部の回答欄を埋められたし、見直しをする時間もとれた。

 二回も。

 伊織さんと布団の中で勉強した部分も問題に出たから、あのとき二人で勉強した効果もあったのだ。


「赤点回避どころか、結構いい成績とれるかもしれない」

 これは決して誇張こちょうして言ってるわけじゃないし、能天気な勘違いをしてるわけじゃない。


「マジで?」

 今日子が眉を寄せていぶかしげな顔をした。


「そ、そうなんだ……」

 文香がカメラのレンズをキョロキョロさせるサーボモーターの音が聞こえる。


「さあ、部室に行こうか」

 俺が言うと、二人は「う、うん」って、戸惑ったような返事をした。

 普段、今日子に尻を叩かれるようにして部室に行く俺が、自分から言うのだから無理もない。


「冬麻のその自信が、かえって怖いんだけど」

 今日子が言った。


 そんな今日子の言葉も、今は軽く流せる。




「おかえり」

 部室に戻ると、玄関で花巻先輩が出迎えてくれた。

 ノースリーブの涼やかなワンピースの上に、エプロン姿の花巻先輩。


「さあ、頭を使って疲れただろう。甘いおやつを用意しておいたから、皆で頂こうではないか」

 先輩はそう言ってにっこり笑った。

 先輩は今日子や文香みたいに、テストどうだった、とか、第一声でそんな野暮やぼなことは訊かなかった。


 こんな態度を見てると、やっぱり、俺が赤点取ってたとしても、文化祭から外すようなことはしなかったと思う。



 ちゃぶ台について待ってると、伊織さんや六角屋、南牟礼さんが帰ってくる。

 月島さんも職員会議を抜け出してきた。


「伊織さん、先生、俺、やりました。テスト、相当良い点数がとれると思います」

 俺が報告すると、


「うん、分かってたよ」

 伊織さんが言ってくれた。


「だって、最後の方なんて、私達が教えなくても出来てたもん」

 伊織さんはとびきりの笑顔をくれる。


 そして伊織さんは、みんなに見えないよう、俺に向けてウインクした。

 それは、「布団の中でまで勉強した甲斐があったね」って、暗に言う代わりのウインクだ。


「よしよし、よくできました」

 月島さんはそう言いながら俺の髪をくしゃくしゃってした。

 それで凝り固まっていた脳が解きほぐされる。


「うむ、結構結構。助け合いながら皆が成長していく。これこそ、我が文化祭実行委員会なのである」

 花巻先輩がお盆におやつを乗せて持ってきた。


 先輩が用意してくれた今日のおやつは、この暑い時期にぴったりな、くず餅だ。

 ちゃぶ台を囲んで、みんなでそれを頂く。


 たっぷりかかった黒糖の蜜が、疲れた脳に染みこんでいった。


「さて、わずらわしいテストも終わった。いよいよなのである」

 先輩が言う。

 先輩、食べながら言うから、くず餅のきなこが盛大に飛んだ。



 そう、テストが終わって、俺達はいよいよ文化祭準備期間に突入する。


 文化祭を前に、一番心躍る時間だ。

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