第191話 金曜の夜
学校中が、ざわざわしていた。
期末テストが終わった瞬間から、明らかに校内の雰囲気が変わっている。
みんな一段高いトーンで話してるし、声も大きかった。
誰もわくわくが体から
廊下を忙しそうに走ってる生徒がいるし、大きな荷物を抱えた生徒が
学校の駐車場にはいろんな業者のトラックが止まっていて、様々な物資が校内に運び込まれていく。
鉄パイプで足場を組む甲高い音や、
それに負けないよう、ギターの音やドラムの音、合唱の声も高らかに響いている。
文化部や運動部の部室棟の廊下には、部室の中に収まりきらない段ボール箱がうずたかく積まれていて、そこを通る生徒がすれ違うのもやっとだ。
段ボール箱の中身は、展示や出店に使う機材の他に、そこで寝泊まりするための生活用品だったり、カップラーメンやレトルト食品だったり、徹夜を想定したエナジードリンクだったりする。
校内は、まさしくお祭りの前、って感じだ。
これから文化祭までの一週間は、文化祭の準備期間になっていて、学校はすべてそれを中心に動く。
教室も廊下も、部室や講堂、体育館、グラウンドまでも、学校中が文化祭仕様に作り替えられていった。
夏の大会の練習で忙しいはずの運動部も、この期間だけはこっちを優先する(だからうちの学校の運動部は成績が
生徒が授業どころではないことを知ってるから、この期間は教師達もうるさいことを言わなかった。
教室が飾り付けられたり、黒板が大道具に隠れて使えなくなっても、当たり前のような顔をしている。
話が分かる先生なんか、自習と称し、事実上授業を放棄して、その時間も準備の時間に充ててくれたりした。
ある意味、文化祭当日よりも楽しいのがこの期間と言えるかもしれない。
それは、土日の休みの日よりも、金曜の夜の方が楽しい気がするのと似ている。
普段は静かで、ゆっくりと午後のお茶をしたり、昼寝や日向ぼっこができる我が文化祭実行委員会の「部室」も、この期間は忙しさの頂点を迎えた。
文化祭の準備の他に、終始、トラブルを抱えた生徒が委員会を頼って訪れて、大混雑している。
俺達文化祭実行委員は、全員が対応に当たって大忙しだ。
物事を並列に処理できる文香なんて、中庭で同時に五人から話を聞いてる。
俺のところにきた最初の相談は、講堂で練習してるバンドが時間を守らなくて、次のバンドが練習できないっていう、バンド同士の揉め事の仲裁だった。
次は、お化け屋敷用の暗幕と映画の上映用の暗幕を二つのクラスが取り合って、破いてしまったというもの。
みんな軽い興奮状態にあるだけに、普段はぶつからないところでぶつかって、問題になった。
その次は、カレーの屋台をやるクラスが、誤発注で大量の米が届いてしまって、それがどうにかならないか、という相談だった。
俺以外のみんなも、同じようなトラブルの仲裁に当たっててんてこまい。
「ふははは! 活気があってよいではないか! 結構、結構!」
そんなふうに笑い飛ばしてるのは花巻先輩だけだ。
先輩は水を得た魚のように、生き生きとしている。
忙しいのがホントに楽しそうだった。
俺達の二倍も三倍も相談を処理して、どんどん片付けていく花巻先輩。
そして、先輩は相談を受けながらも、俺達委員の様子に終始気を配っていた。
「小仙波、少し休憩しろ。さっきからずっと対応に当たっているだろう? 裏で麦茶でも飲んでこい」
俺を見た先輩がそう言ってくれる。
「ですけど……」
「まだ準備期間は始まったばかりだぞ。最初からそんなに気を詰めていると、文化祭までもたない。文化祭当日に倒れる、なんてことになったら、それこそ大変だ。さあ、休憩してくるのだ」
先輩に言われた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
俺は少し休憩を取ることにする。
そういえば、喉がカラカラだった。
席を立とうとしたところで、
「あのう……」
また一人相談者が来て話しかけられる。
三年生の女子の先輩だ。
ショートカットの背が高い人で、Tシャツにジャージ姿をしている。
俺以外のみんなはそれぞれ対応に当たっていて、彼女の話を聞ける委員はいない。
「ちょっとこっちも手一杯なんですけど、急ぎですか?」
俺は訊いた。
急ぎじゃなかったら、休憩が終わるまで待ってもらおうと思った。
花巻先輩に言われたとおり、俺にも休憩が必要なのだ。
「はい、私達、女子バレー部なんですけど、メイド喫茶をやるつもりで発注した衣装が小さくて、試しに部員のみんなで着てみたら、いろんなところがはみ出ちゃって、これを使っていいのか、使わないほうがいいのか、こちらの委員さんのほうで判断してもらったほうがいいと思いまし」
「さっそく伺いましょう!」
俺はその女子の先輩の言葉を食い気味に答えた。
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