第177話 発表

「先生、大変です。土の中から、なんだか大変なモノが出てきてしまいました」

 職員室の入り口で、今日子が平板な声で言った。

 その平板さときたら、ウユニ塩湖のごとく平らで鏡面のようだった。

 言いながら、今日子は能面みたいな表情をしている。

 その顔から一ミクロンの感情も読み取れなかった。


 今日子よ、言わされてるとはいえ、少しは演技をしたらどうなんだろうか…………



 そのとき職員室にいた数人の教師が慌てて「部室」の中庭に行くと、そこには土の中から掘り出された四式中戦車が鎮座ちんざしている。


 重々しい鉄の塊である戦車は、まるで昨日埋められたみたいに完全な姿を保っていた。

 履帯りたいが今にも動き出しそうだった。


 もちろんこれは、以前、文香が見つけて俺達が地中から掘り出したものだ。

 掘り出したあとはずっと、ブルーシートを掛けて隠してあった。

 それはそのまま、機械を偏愛へんあいする伊織さんが時々頬ずりする以外は、誰の目にも触れないで寝かせてあったのだ。


 それが今、こうして白日の下に晒された。


 狼狽ろうばいした教師が連絡して、警察やら自衛隊が大挙して出動して学校を囲んだ。

 もちろん、「部室」を中心に学校周辺が封鎖されて立ち入り禁止になって、不発弾等がないか厳重に調べられた。


 すぐに安全なことが分かって封鎖は解除されたけど、次に現れたのはたくさんのマスコミだ。

 高校の校庭から旧日本陸軍の幻の戦車が発掘されたってことは、大きなニュースだった。

 それも、最初に見つけたのが最新鋭AI戦車の文香なのだ。


 当然、発見した文化祭実行委員会に取材の矛先が向いた。

 マスコミが集まって、中庭の四式中戦車の前で会見することになった。


 俺達実行委員は発掘した戦車の前に並んだ。

 もちろん、文香もいて、四式の隣に停まっていた。


 照明やカメラのフラッシュで目がチカチカする。

 俺達を囲んだのは百人を超えるマスコミだ。


 インタビューの受け答えはもちろん、花巻先輩がする。


 先輩、会見に臨んではちゃんと制服を着ていた。

 滅多に制服を着ない先輩の、レア衣装だ。


 メイクを抑えて品行方正って感じを装った先輩は、いつもよりちょっと幼めに見えた。

 仕草まで可愛くなって、どこから見ても女子高生だ。

 そんな先輩にちょっとドキッとする。


 っていうか、先輩は年齢も操れるんだろうか?

 簡単に年齢を上げ下げ出来たり、化けられるのか?


 女性って、少し怖いと思った。



 とにかく、集まったマスコミを前に、花巻先輩のワンマンショーが始まる。


「はい、七月十日から始まって三日間の予定の我が校の文化祭の準備中だったんですけどぉ、見つけた時は、本当にびっくりしました」

 先輩がちょっと上目遣い気味で言った。


「そうです、七月十日から三日間の予定の我が校の文化祭を前に中庭を掃除していて、その時、後輩委員の文香ちゃんが偶然発見したんです」

 先輩、言葉の後に、「きゃは」とか「きゅるるん」って言いそうな感じで受け答えしている。


「はい、七月十日から始まる我が校の文化祭の準備で忙しかったんですけど、掘り出してみたら戦車だったんです。最初は砲身だけ見えてて、古いパイプかなんかが埋められてるって思ってたんですけど」


 先輩、なんか発言の前に特徴的な枕詞まくらことばがついてるんですが……


「最新鋭戦車の文香ちゃんが、ご先祖様ともいえる四式中戦車を見つけるなんて、なんて運命的で、ドラマチックなことだろうって思いました。それなので、これは、七月十日から三日間の予定で行われる我が校の文化祭で是非とも展示して、なるべく多くの皆さんに見てもらうべきだと考えています。私達はその予定で準備をするつもりです」


 この四式中戦車の発掘を文化祭の呼び物の一つにしようっていう先輩の計画、ちょっとあざとすぎるんじゃないだろうか。

 先輩の言葉の他にも、部室の外壁にはカメラに写るよう、何枚も文化祭のポスターが張ってあるし、取材に来た人達全員にはチラシが配られていた。


「あっ、そうだ。我が校の七月十日から三日間の予定で始まる文化祭には、スーパーアイドルの佐橋さはし杏奈あんなちゃんがゲストとして来てくれる予定だったんだぁ。四式中戦車を展示するなら、混雑しても大丈夫なようにしないと」

 先輩がマスコミに対して聞こえよがしに言う。


 まったく、この、花巻そよぎって人は…………



 その日の夜のニュースは、四式中戦車と並んだ俺達文化祭実行委員の映像で溢れた。

 翌朝の新聞では一面で扱うところもあって、文香と四式中戦車の二輌が並んだ写真が、でかでかと載った。

 月島さんによると、学校の電話が文化祭に関する問い合わせでパンクしてるらしい。


 この発表のタイミング、花巻先輩の思惑通り完璧だった。


「ふはははは! 祭は盛大であれば盛大であるほど良いのだ」

 朝のニュースを見ながら先輩がうそぶく。


 この人には絶対敵わないと思った。

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