第175話 金庫

「さすれば各々方おのおのがた、参るぞ!」

 花巻先輩が言った。

 先輩は、剣道部から借りた防具を身に付けて、竹刀を持っている。

 玄関の上がりかまちに立って、竹刀で外を指し示す先輩。

 昔だったらそんな先輩にびっくりしたかもしれないけど、もう、みんなこれくらいの言動には微塵みじんも驚かない。

 それって、俺達が先輩を受け入れたってことだろうか? それとも、先輩に飼い慣らされた、ってことだろうか?


 防具で固めた先輩を先頭にして、これから文化祭実行委員のみんなでお金を下ろしに行く。

 文化祭に参加する各団体に準備資金を配るために、まとまった現金が必要なのだ。


 大金でもあるし、用心してみんなで行くことになった。

 顧問の月島さんもついてくる(月島さんは、単に職員会議から抜け出したかっただけって可能性が大だけど)。


 俺達は、文化祭実行委員会が口座を持っている商店街の信用金庫に向かった。

 昼下がりの街をのんびり歩いていく。



 文化祭に参加する団体一つに給付される準備資金は、一律五万円だ。

 それ以上かかる場合は自己負担になって、個々の団体がメンバーから徴収する。

 また、大掛かりな設備等が必要で実行委員会が認めた場合は、特別に相当額が支給される場合もあった。


「一団体五万円って、すごいよね。私が学生の頃は一クラス一万円だったけど、最近はそうなの?」

 歩きながら月島さんが訊いた。


「いいえ、我が校が特別なだけだと思います」

 伊織さんが答える。


「これもひとえに、花巻先輩が持つ資金力のおかげですね」

 六角屋が先輩を持ち上げた。


「ふはははは」

 って、先輩が胴をつけた胸を張った(よく胴の中に胸が収まったって感心する)。

 先輩の得意げな顔は、面のせいで見えない。


 うちの学校の文化祭は地域の祭になってることもあって、出し物にもそれなりのクオリティーが要求される。

 故にお金が掛かるけど、その分、お金も集まるのだ。

 そのほとんどを地元の企業から集めてくるのが先輩だった。

 先輩も伊達に長年女子高生をやってるわけではない。


「一団体五万円ってことは、参加団体が百近くあるから全部で…………」

 南牟礼さんが空で考えた。


 そう、500万円だ。


「いや、参加団体に配る他に、会場設営で使う分や、我が委員会で使う費用もまとめて、これだけ下ろす」

 先輩がそう言って指を一本立てた。


 たぶん、一千万ってことだと思う。


 ホントに、高校生が文化祭で扱う金額じゃなかった。



 くだんの信用金庫に着くと、まず、先輩に面だけは外させる。

 そのまま入ると、強盗と間違えられること必至だし。


 順番待ちの人もいて、店舗の中はそれなりに混んでたけど、俺達が用件を伝えるとすぐに奥の応接室に通してもらえた。

 ソファーに案内されて、冷たい麦茶を出してくれる。


 もちろん、応接室にもうちの学園祭のポスターが張ってあった。



 しばらく待ってたら、

「おう、そよぎちゃん、よく来たね」

 そんなふうに声を掛けながら、信金の理事長が入ってきた。

 白髪交じりの、六十代くらいの恰幅かっぷくのいい男性だ。


「今年もお世話になります」

 先輩が頭を下げた。

 先輩の格好に驚かないところを見ると、この人も先輩をよく理解してるらしい。


 挨拶のあと、二人は一通り世間話をした。

 先輩は理事長のオヤジギャグとかにバシバシ突っ込んだりして、堂々としている。

 こんな年上の人と普通に会話が出来る先輩は、正直すごいと思う。

 大人を前にして、先輩、少しも物怖ものおじしていない。

 まあ、何かに遠慮してる先輩なんて、想像もつかないけど。


 程なくして、女性職員がお金を持ってきてくれた。


 百万円の束を十個、テーブルに並べる。


 一千万なんて大金、初めて見た。


「こんなものでいいのかい? 今年は有名人も来て、大掛かりになるみたいだけど」

 理事長が訊く。


「そうですね。足りなくなったら、もう一本くらい用立ててもらいましょう」

 花巻先輩が言った。


 うちの委員会、どれだけ内部留保があるんだ…………


 札束は、すぐにこっちで用意してきたジュラルミンのケースに仕舞った。


「大金だから、こちらで運ぼうか?」

 理事長が気を遣って提案してくれる。


「いえ、それには及びません」

 先輩がきっぱりと断った。


「いいのかい?」

 心配する理事長も、店舗の前に駐車してる文香を見て、秒で納得する。


 こんなに重武装な現金輸送車は、世界広しと言えども、他にない。



 現金を文香に積んで部室まで帰った。

 もちろん、無事、大金を持ち帰ることが出来た。


「ここに金庫もありますけど、このまま文香ちゃんの中にしまっておきましょうか? それを奪いに来るヤツなんていないだろうし」

 六角屋が言う。


「そうだな。明日、各団体に配るまで、文香君に預かってもらうとしよう」

 花巻先輩も頷いた。


「大切なお金だから、一円でもなくしたら駄目だよ」

 俺は念のため言っておく。


「うん! 衛星にリンクして、二十四時間体制で警備する!」

 文香が言う。

 そんなことに軍事衛星を使っちゃっていいのかどうかは別として、頼もしすぎる。


「遠隔操作でグルーバルホークも飛ばせるから、夜はそれで見張るね」

 グローバルホークって、確か自衛隊に配備されてる無人機だ。


「もしもの時は、実弾使ってもいいんだよね?」

 文香が訊く。


「ダメダメダメ!」

 月島さんが猛烈に首を振った。

 そんなことしたら、月島さんが始末書を何枚書かされるか、分からない。



 その日も夜遅くまで作業して、結局、俺達は部室に泊まった。



 翌朝は、文香のV8エンジンの音で目が覚める。


 縁側の雨戸を開けて外を見ると、文香が超信地旋回ちょうしんちせんかいしていた。

 さらには、超信地旋回で車体を回しながら逆方向に砲塔を回してる。

 中庭に掘られた大穴を見るまでもなく、文香が混乱してるのが分かった。


「冬麻君! どうしよう!」

 俺を認めた文香が言う。


「お金が、お金が!」

 文香の興奮した声。


 すごく、悪い予感がする。

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