第172話 タブー
「誤魔化しじゃないわ」
すると突然、耳元で囁く声がした。
「ひぃっ!」
俺は思わず悲鳴を上げてしまう。
俺の右隣にもう一人女子がいて、瞬きせずにじっと見ていた。
近づくとき気配がしなかったから、まったく気付かなかった。
「超常現象研究会の
その人が言った。
暗闇の中にぼんやりと真っ白な肌が浮かんでいる。
これは、我が校で触れてはいけないと言われる存在の、「超常現象研究会」。
彼女はその部長の稗田さんだ。
普段、廊下ですれ違うときとか、不思議な雰囲気の人だって思ってたけど、初めて話すのがこんな場所になるとは…………
稗田さんの制服からは、お寺に行った時嗅いだような、お香の匂いがした。
「あら、小仙波君って言ったっけ? あなた、温かいのね」
稗田さんがそっと俺の手に触れる。
稗田さんの手は冷たかった。
氷に触れてるみたいな冷たさで、ゾクゾクってする。
「あのね、これは我が超常現象研究会に代々伝わる降魔術よ。魔界の門を開いて魔物を呼び出すときに使うの。今回は、その、魔界とこの世を繋ぐ出入り口を開いたままにして、門に固定化するの。立派な『門』が出来るわ」
稗田さんが薄笑いを浮かべて言った。
その目はふざけてるふうではなくて、ホントに信じてるって感じの目だ。
「は、はぁ」
やべー。
美術部の奈良さんが相当ヤバい人だって分かったけど、それ以上の人がここにいた。
我が校って、どれだけ(ヤバい)人材抱えてるんだよ(あと、花巻先輩とか、花巻先輩とか、花巻先輩とか)
「あのう、ふざけてないで、ちゃんと作ってもらわないと……」
俺は、ちょっと
花巻先輩からこの『門』の担当に指名されてる以上、文化祭当日までに門をちゃんと完成させないとならない。
役割を振られたからには俺だってちゃんと仕事はしたい。
そのために、ちょっと厳しい対応をすることも必要だって思った。
この人達、どこまで本気なのか分からないし。
「いいから見ていなさい。もうすぐ魔界の扉が開くから」
稗田さんが言う。
「そう、果報は寝て待てってね」
奈良さんが続けた。
仕方なく、少し待ってみる。
どうせ魔界の門なんて開かないし、二人が気の済むまでさせてみようって思った。
俺は、奈良さんと稗田さんに両脇を取られたまま、しばらく待つ。
美術部の部室に作られた
遠くで野球部の金属バットの音が聞こえる。
音楽室の方からは、吹奏楽部の熱のこもった演奏も聞こえた。
自衛隊の基地か三石の工場へむかうヘリコプターが三機、頭上を通る。
V8エンジンの音と振動が聞こえるのは、文香が花巻先輩に言われて買い出しにでも出掛けたんだと思われた。
「あの、魔界の門、開きませんけど」
五機目のヘリコプターをやり過ごしたあと、俺はしびれを切らして言う。
当然、いくら待っても何も出てこなかった。
魔界の門どころか、猫ドアだって開かない。
ただ、暗闇の中で、蝋燭の炎がのんびり揺れてるだけだ。
「さあ、もういいですね。ちゃんと手を動かして『門』を作りましょう。僕も手伝いますから」
俺は、肩をすくめて
だけど、稗田さんも奈良さんも、素直に従うことはなかった(まあ、予想はしてたけど)。
「仕方がない。あんまりやりたくはなかったのだけれど、スマートなやり方ではないのだけれど…………ここは
稗田さんがそんなことを口走る。
「生贄? なんですか、それ?」
「生贄、それはね…………」
奈良さんと稗田さんが、俺に視線を送ってきた。
なんだか悩ましい視線だ。
二人とも、まるでご馳走でも見るみたいに俺を見た。
奈良さんなんて、舌なめずりしている。
限りなく絶望に近い嫌な予感がした。
すると突然、暗闇から何本もの手が伸びてくる。
部室の中にいた美術部員と超常現象研究会のメンバーが、俺の手足を取った。
「うわああああ」
俺は、その人達に捕まる。
羽交い締めにされたと思ったら、すぐに手足をロープで縛られた。
「なっ、なにするんですか!」
抵抗もむなしく、俺はロープでぐるぐる巻きにされる。
そのまま担いで運ばれて、蝋燭の円の中に横に寝かされた。
「小仙波君、悪く思わないでね」
稗田さんが言う。
稗田さん、床に転がる俺を冷たく見下ろしていた(ちょっと、別の意味でゾクッとする)。
「『門』を作るのに協力できるのだから、あなたも
奈良さんが言う。
生贄は俺だった。
まったく、どうかしてる。
こんなことしてなんの意味があるんだ……
どうせ、なんにも出てこないし、いつまでたってもここが魔界と繋がることなんてありえない。
諦めて、さっさと作業を始めればいいのに。
二人とも、
ところが……
「我を呼ぶのは誰だ…………」
背後から、ドスの利いた声が聞こえた。
「我の眠りを覚ますのは、誰だ」
なんか、開いちゃったらしい。
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