第173話 フルーツポンチ

「我を呼ぶのは誰だ…………」

 どこからともなく声が聞こえる。

 ドスが利いた重い声だ。


「我の眠りを覚ますのは、誰か」


 なんか、召喚しょうかんしちゃったらしい。


 もくもくと白い煙が上がって視界が悪くなった。

 ただでさえ暗闇なのに、何も見えなくなる。


 ロープでしばられて蝋燭ろうそくの円の中に放り込まれていた俺は、青虫みたいに床をって円から抜けた。

 縛られたまま、壁を背にしてどうにか立ち上がる。


 すると、そこにいた奈良さんと稗田さんが、しがみつくようにして俺に寄り添ってきた。


「もしかして、ホントに何か呼んじゃった?」

 稗田さんが言う。


「まさか、魔界の門が開いちゃったの?」

 奈良さんが言った。


 いや、あなた達が開くって言ったんじゃないのか……


「我はあらゆる悪の権化ごんげ、それを呼ぶのは、誰だ」


「ひっ!」

 二人が俺に抱きついてきた。

 二人とも俺の制服のシャツをギュッと掴む。

 あんまり強く掴むから、シャツのボタンが飛んでしまいそうだ。


 それから念のため報告しておくと、稗田さんは結構ある。

 一方、奈良さんは今日子と同じくらいだ。


 あの、二人とも魔界の門を開いておいて、今更怖がらないでください…………



「我を千年の眠りから目覚めさせたのは誰か!」


 だけど、あれ? 俺はこの声に聞き覚えがある。

 よく知ってる人の声だ。


 たぶん、あの人の声だ。


「ふはははは、小仙波よ、美術部に進行状況を確認しに行ったはずが、二人の女生徒と抱き合っているのは何事だ。しかも、ロープで縛られているとは、プレイのレベルが高すぎるぞ!」


 重々しい声の正体は、花巻先輩だった。


 先輩が遮光カーテンを開けて窓から入ってくる。

 部屋着のワンピースの上に割烹着かっぽうぎを着てる花巻先輩。

 窓枠から跳んだ先輩が、床にぴたっと着地した。

 足を肩幅よりちょっと広めに開いて、ヒーロー然とした格好で立つ先輩。

 その迫力は、ある意味、魔界の門を抜けて出てきた魔王って言えないこともなかった。


「私は美術部に催促さいそくに行けと言ったのであって、そこの部員をかどわかせと命じた覚えはないぞ」

 先輩が言う。


 いや、かどわかすって…………


 先輩に続いて、ドアの方からは我らが文化祭実行委員会が入ってきた。

 今日子に六角屋に南牟礼さん、そして、伊織さんと坂村さんもいる。


 先輩が入ってきた窓から120㎜砲の砲口が差し込まれてるから、文香もいるんだろう。

 美術部の部室にもくもくと立ちこめた煙は、文香の発煙弾だったらしい(っていうか、文香は最近カジュアルに発煙弾を打ち過ぎだと思う)。


「まったく、戻って来るのが遅いから心配して来てみれば、油断もすきもあったもんじゃないよ」

 腰に手をやって眉をしかめた今日子が言う。


「こ、小仙波君、えっちなのはいけないと思います!」

 伊織さんが言った。

 いえ、伊織さん、これは違うんです、誤解です(二人に抱きつかれてロープで縛られてる状況は説得力皆無ですけど)。


「先輩って、ホント見かけによらず手が早いんですね」

 南牟礼さんに言われた。

 いや、手が早いっていうか、彼女いない歴=年齢を絶賛継続中です。


「小仙波君、私ならいつでもOKなのに」

 坂村さんも言った。

 坂村さん、何がOKなのか、そのへん後で詳しく聞きます。



 みんなが部屋を暗くしていた遮光カーテンを全部開けて、蝋燭を消した。

 明るくなって、そこにあった不穏な空気が一瞬にして霧散する。

 明るくなって、やっと美術部や超常現象研究会の人達の顔を見ることができた。

 みんな、暗闇に慣れていた目をパチパチさせている。


 あの、それから、もしよければ早くこのロープ解いてください、お願いします…………



「さあ、それでは『門』の制作に取りかかるぞ。ここにいる全員が手伝えば、作業も進むだろう」

 先輩が言って追い立てるみたいに手をパンパンと叩いた。


 先輩、なんだかんだ言いながら、委員会のみんなを引き連れて手伝いに来てくれたってことなんだろう。

 美術部の作業が進んでなかったのは、最初からお見通しだったのだ。


 美術部の部長、奈良さんは恐縮きょうしゅくしきりだった。

 美術部には「魔界の門」なんて考えに至るまでに候補に挙がっていた「門」の設計図があって、それを元に門を組み立てることになる(普通過ぎて奈良さんには受け入れがたいデザインだったのかもしれないけど)。


 文化部部室棟の裏の空き地に、骨組みを作った。

 この時期、校舎裏手には方々から集めた材木や鉄パイプが積んであって自由に使えるようになっている。


 我が委員会に、美術部、超常現象研究会のみんなで汗を流した。


 こういう大工仕事してると、文化祭の準備してるって実感が湧く。

 これから文化祭なんだって、盛り上がってきた。

 それは他の生徒も同じみたいで、作業する俺達を見た他の部活の生徒が、「がんばれ」って声をかけてくれた。



 作業は日が落ちるまで続いた。

 今日はこれくらいで切り上げようってときに、花巻先輩が差し入れを持ってきてくれる。

 キウイやパイナップル、みかんや桃なんかがたっぷり入った、フルーツポンチだ。

 先輩はたっぷりと作ったそれを、涼しげなガラス容器に入れて人数分取り分けてくれる。


 みんながそれを受け取って、最後に俺ももらおうとしたときだ。


「ん?」

 先輩が首を傾げた。

 ガラスの容器とスプーンがなくなっている。

 俺の分がなかった。


「はて、我が文化祭実行委員会と美術部、超常現象研究会のメンバー合わせて二十四人分を用意したと思ったのだが、足りなかったか?」

 先輩が不思議そうな顔をする。


 俺はそこにいる人数を数えてみた。

 確かに二十四人だ。

 そして、俺以外のみんなが手にフルーツポンチの容器とスプーンを持っていた。

 先輩の分も、先輩の脇に置いてある。


「うむ。二十四人分、2ダースの容器とスプーンを、持ってきたつもりだったのだが……」

 やっぱり首を傾げる花巻先輩。

 それは、先輩でも勘違いすることはあるだろう。


「俺、取りに行ってきますよ」

 俺がそう言って、部室に走ろうとしたときだ。


「あれ? ここに容器がありますけど」

 それに気付いたのは南牟礼さんだった。


 美術部部室の後ろに寄せた机の上に、空になった容器とスプーンが一組、置いてあった。

 中に入っていたフルーツポンチは、すでに平らげた後だ。


「誰か、二杯食べようとする人がいたのかな?」

 六角屋が言う。


 それに対して、そこにいたみんなが首を振った。


 それじゃあどうして?


 謎が謎を呼ぶ。


「もしかして、さっきホントになんか呼んじゃったのかな…………」

 稗田さんがぽつりと言った。


「この部室に、もう一人、いたとか…………」


 ま、ま、ま、まさかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る