第171話 門
花巻先輩に言われた俺は、美術部の部室に急いだ。
急ぎながら、文化祭の『門』の制作がちゃんと進んでるかどうか、内心かなり
今年の文化祭のポスターを見ても分かるように、美術部員は俺みたいな常人からすると計り知れない感性の持ち主ばかりだ。
依頼の件も一筋縄ではいかないだろう。
もしかしたら、作業は全然進んでないかもしれない。
『門』の担当になってる俺は、もっと定期的にその
部室から、運動部が活動してるグラウンドを横切って、文化部部室棟まで走る。
部室棟二階の廊下、奥の突き当たりが目的の場所だ。
そのドアには、「美術部」っていうプレートの下に、「部員募集」って書いた張り紙がしてあった。
張り紙は古くて黄ばんでるし、あちこち破けている。
スチールのドアには色とりどりのペンキが付いていて、よく言えばカラフル、悪く言えば汚かった。
俺は、ドアの前で息を整えてから二回ノックする。
「あのー、文化祭実行委員の者なんですが」
ノックのあとでそう声をかけた。
だけど、しばらく待っても返事はない。
「あのう……」
もう一度ノックしても反応はなかった。
ドアの向こうで誰かが対応してくれるような気配も感じられない。
まるで、底なしの井戸に石を投げ込んだみたいに静かだ。
「失礼します、開けますよ」
仕方なく俺は声をかけてドアを開けた。
するとどうだろう、部屋の中は真っ暗だ。
天井の蛍光灯もついてないし、遮光カーテンが閉めてあるらしく、窓からの光もなかった。
そんな中に、細い
蝋燭の炎が音もなく怪しく揺らめいていた。
段々暗闇に目が慣れてくると、部室の中に数人がいるのが分かる。
その人達が、蝋燭で作られた円を囲むようにじっと立っていた。
この人達が美術部員なんだろうか?
「あの…………」
俺はその人達に向かって問いかけた。
「なに?」
突然、耳元で声がする。
「うわぁ!」
思わず情けない声を出してしまった。
目の前に女子がいる。
髪が長くて目鼻立ちがはっきりとした女子生徒。
鼻も高いし、ちょっと日本人離れした顔立ちの彼女。
確かこの人、美術部部長の奈良さんだ。
その奈良さんが、いつのまにか俺のすぐ横にいた。
吐息が感じられるくらい近くにいる。
制服の上にエプロンを掛けた奈良さんからは、ガソリンスタンドに寄ったときみたいな、油の匂いがした。
っていうか奈良さん、自分の顔に懐中電灯を当てて下から照らすの止めてください、怖いので。
「あの、文化祭実行委員会の小仙波といいます」
今更ながら俺は名乗った。
「なにか、用事?」
「はい、あの、発注してあった文化祭の『門』制作の進行状況を確認しに来たんですが……」
俺が言うと、
「ああ、それなら今、こうして作ってるところよ」
奈良さんはそう言って蝋燭の円を指す。
「作ってるって、何もありませんけど」
暗がりをよく見ると、美術部部室は机やイーゼルなんかを後ろの方に寄せて、広い空間を作っていた。
だけど、その広い空間には蝋燭が円形に配置してあるだけで、他には何もない。
門を作るための、木材だとか鉄パイプなんかの資材はどこにも見当たらなかった。
そこにいる数名の部員の人達も、立ってるだけでとても作業してるようには見えない。
「何もないように見えるんですが……」
俺が言うと、奈良さんは唇の前に人差し指を立てた。
そして、「しー」って無声音で言う。
「私達は今、超常現象研究会の力を借りて、『魔界の門』を開こうとしてるの」
奈良さんが真面目な声で言う(だから、顔に下から懐中電灯を当てるの、止めてください)。
「魔界? 門? 開く?」
俺はわけも分からず
「『魔界の門よ』。この世と異世界を繋ぐ出入り口」
奈良さんは真顔で言う。
「あのう…………」
やっぱり、雲行きが怪しくなってきた。
中にラ○ュタが入ってそうな、大きな雲が立ち塞がる。
「こうして開いた『魔界の門』を以て我が美術部が制作した文化祭の『門』とするわ。中から魔物があふれ出してくる素敵な門。美しいでしょう?」
奈良さんが悪戯っぽく言った。
「そんなの開かないでください!」
俺は思わず正攻法の突っ込みをしてしまう。
美術部がぶっ飛んでるのは知ってたけど、ここまでぶっ飛んでたとは…………
「『魔界の門』って本気ですか?」
当然、俺は訊く。
「ありきたりな門なんか作っても仕方がないでしょ? そんなの芸術じゃないわ。魔界の門を開いて、伝説を作るのよ! 今年の文化祭は、
奈良さん、目をパッと開いていて、完全にいっちゃってた。
「そんな伝説、作らないでください!」
またしても思いっきり正攻法な突っ込みをしてしまう俺。
「騙されませんよ。どうせ、何も出来てないからそれを誤魔化すためにそんなことしてるんですね。さあ、さっさと作業をしてください。俺も手伝いますから」
こうなったらそうするしかない。
俺、今日も徹夜になりそうだ。
「誤魔化しじゃないわ」
すると突然、耳元で囁く声がした。
「ひぃっ!」
俺は思わず悲鳴を上げてしまう。
俺の右隣に、もう一人女子がいて、瞬きせずにじっと俺を見ていた。
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