第170話 シンクロ

 無事? 抽選会が終わって、翌日、俺達はすぐに会場の地図の作成に取りかかった。

 それは文化祭の案内図として校内に掲示したり、当日来場者に配るプログラムに掲載するものだ。


 部室の居間のちゃぶ台で、みんなで顔を突き合わせながら、間違いがないようにチェックして、それを坂村さんがパソコンに打ち込んでいった。


 俺の左隣には坂村さんが座って、右隣に伊織さんが座っている。

 坂村さんがいる分、いつもよりちゃぶ台が狭くなってて、俺と坂村さん、俺と伊織さんの二の腕がくっついている(時々、二人の髪が俺の耳に触れた)。


 届け出団体が多かったこともあって、地図作りも大変だ。

 こういうのを嬉しい悲鳴って言うんだろう。


「あれ? プールは水泳部の他に、夕方から他の団体が使うんですね」

 チェックしながら南牟礼さんがそんなことに気付いた。


 毎年、プールは水泳部がシンクロを展示するのに使っている。

 女子のチームの演技も、男子のチームの演技もすごく人気があって、文化祭の名物の一つになっている。

 プールはその時に水泳部が使うくらいって思ってたけど、南牟礼さんが言うとおり、確かに水泳部の後に他の団体から使用申請があって、抽選もなくそれが通っていた。


「展示内容、『ナイトプール』ってなってますけど」

 南牟礼さんが言う。


「ナ、ナイトプール?」

 俺と六角屋が声を合わせた。

 図らずも、完璧に声がシンクロしてしまう。


 ナイトプールって、ドキドキする言葉の響きだ。


「『ライトアップしたプールに各種ドリンクを用意します。プールサイドにはデッキチェアーを設置。文化祭の盛り上がりで火照ほてった体を、プールで冷やしませんか?』って、書いてありますけど」

 南牟礼さんが申請内容を読んだ。


 マジか……


 これを企画した人、天才だ。

 全校表彰に値すると思う。


「なによそれ。先生達にうるさいこと言われそうだし、取り消した方がいいんじゃないの?」

 今日子が言った。


「いや! それはやらせてあげるべきだよ!」

 おもむろに立ち上がって言ったのは六角屋だ。


「やっぱり、文化祭は生徒が主体になって行うものだし、僕達文化祭実行委員会は、生徒がやりたいと思ったことを目一杯やってもらえるようにすることが使命だと思う。もし、教師陣からクレームがあったとして、それには対抗していくべきだ。僕達が説得するべきだと思う」

 六角屋が力説する。

 強く握った握り拳を振り上げる六角屋。


 六角屋とこんなに意見が一致したことは、今までなかった。


 っていうか、下心が丸見えだけど。

 いや、下心しかないけど。


「まあ、いいんじゃない。面白そうだし」

 月島さんが言う。

 いいのか……

 一応、教師陣の一人である月島さんが言うならいいけど。


「うむ、それでは私もビキニを新調して、当日はそこへ火照った体を冷やしに行くとするか」

 花巻先輩が言う。



 ホント、花巻先輩ってなんなんだ…………



 先輩の口からは、夢のある言葉しか出てこない。

 きっと、先輩の大きな胸には、無限の夢が詰まってるに違いなかった。


「どうせなら、皆で行くとしようぞ!」

 先輩が俺達を見渡して言う。


「えー」

 って、今日子が口を尖らせた。


「私も、頑張ってみます!」

 南牟礼さんが言う。

 いったい、なにを頑張るんだ…………


「小仙波君は、ビキニとワンピースどっちが好き?」

 坂村さんが腕を取って俺に訊いてきた。


「水着なら、スク…………どっちも好きです」

 危ない危ない。

 思わず心の叫びが口を突いて出るところだった。


「私も、新しい水着、買っちゃおうかな」

 伊織さんが言う。


 なん、だと…………


 これは、警備体制を大幅に見直して、プールに多く人員を配置するか、入場人数制限しないといけなくなるかもしれない。



「でもやっぱり、小仙波君のクラスの劇が楽しみだよね」

 キーボードを打ちながら坂村さんが言った。


 あー、あー、あー、あー、聞こえない。


 俺は耳を塞いで現実逃避する。


 今頃教室では、脚本の担当になったクラスメートが委員長達と色々練ってるに違いない。

 講堂のあの舞台に立つことを考えると、気持ちが重くなる。



「小仙波、それより美術部に発注した『門』の進行状況はどうなっているのだ?」

 花巻先輩が俺に訊いた。

 先輩、さっきのふざけてた時の目じゃなくて、厳しい監督者の目になっている。


 「門」とは、校門に設置する文化祭の入退場口のことだ。

 それは毎年、文化祭実行委員会から依頼を受けた美術部が作っている。

 派手な装飾の門は、文化祭の期間、学校が普段とは違う非日常の世界になったことを象徴する重要なオブジェでもあるし、美術部が活動の成果を発揮する展示の一つでもあった。


 俺はその進歩状況をチェックする担当になっている。


「そろそろ制作にかかる時期だが、未だ美術部からデザイン画も上がってこないし、資材等を買った請求書のたぐいも来ていないようだが?」

 先輩が俺に鋭い視線を送ってきた。

 びくっとして、変な汗が噴き出す。


 花巻先輩は文化祭に関すること全てに目を光らせていた。

 の経験から、遅れを察知してるんだろう。


「はい! 今から見てきます!」

 俺はすぐに席を立った。

 美術部の部室までダッシュする。

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