第169話 赤い玉
「それでは、只今から抽選会を始めます」
今日子のアナウンスが講堂に響いた。
アナウンスの後で、講堂の外に控えている文香が、空砲を一発、晴天の空に向けて放つ。
それが、運動会の前の花火みたいに景気よく響いた。
講堂の客席から歓声と拍手が沸き上がる。
講堂には、我が校のほぼすべての生徒がいて、クラスや部活、参加する団体ごとに集まって盛り上がっていた。
教師陣が、講堂の後ろの方でそれを遠巻きにしている。
講堂の舞台には、俺達文化祭実行委員会のメンバーが上がった。
舞台の
南牟礼さんは舞台袖でサポートに回る。
坂村さんがパソコンを講堂の大型モニターと繋いで、結果を表示する係を引き受けてくれた。
委員のみんなは、
新調したばかりでまだ着慣れないけど、これを着てると自然と責任感が沸いてくる気がした。
そして、花巻先輩は舞台の真ん中の椅子に座って、どっかと大御所感を出して構えている。
腕組みした先輩は、客席の盛り上がりを見て満足そうに何度も頷いた。
講堂にいる全校生徒がそんな先輩を違和感なく受け入れている。
誰もが、この人なしに文化祭はないって解っているのだ。
抽選会ではまず、競合がなくて申請通りに場所が決まった団体を六角屋が読み上げた。
そのリストが舞台上の大型モニターにも映し出される。
目的の場所を確保できた団体から、口々に歓声が上がった。
ハイタッチして喜んだり、さっそく講堂を出て準備にかかろうとする団体もある。
次に、競合があった場所の抽選に移った。
競合した団体の代表者に舞台に上がってもらって、俺と伊織さんの長机に用意したハンドル付きの抽選器「ガラガラ」を回してもらう。
団体の数の分用意した玉をガラガラの中に入れて、その中の赤い玉を引いた団体が場所の権利を獲得する仕組みだ。
抽選を外した団体は空いている場所に入札して、競合した場合はもう一度抽選を受けることになる。
人気の場所になると、十団体以上が競合することもあった。
出店では校門から校舎までのメインストリートや中庭の人気が高いし、舞台ではやっぱり講堂や体育館の人気が高かった。
反対に、人を集めにくい校舎の隅っこの教室や、第二グラウンドの人気は低い。
抽選が行われるたび、講堂には歓声やどよめきが上がった。
有力な団体が順当に人気の場所を確保することもあれば、小さな団体がダメ元で大会場に入札して、抽選を当ててしまうこともあった。
「うむ、その意外性から生まれる混乱もまた、祭を
そんな状況を見て、花巻先輩は余裕でほくそ笑んでいる。
舞台上で抽選会を進行しながら、心から文化祭実行委員会に入って良かったと思った。
目の前の盛り上がりを見ていて、青春してるって感じがする。
文化祭本番では、この何倍も、何十倍もの盛り上がりがあるんだろう。
部活にも委員会にも入ってない俺だったら、こんな興奮を味わうことはなかった。
その点、無理矢理委員会に引き入れてくれた今日子に感謝する。
悔しいから、面と向かって今日子には絶対そんなこと言わないけど。
そして、うちのクラスの抽選の順番も回ってきた。
俺はやめた方がいいって反対したのに、みんながどうせやるなら最大の会場がいいと、無謀にも講堂の会場に応募していた。
それも、文化祭二日目の午後、大トリ直前っていう、もっとも盛り上がってる時間帯の一つにだ。
こんな目立つ場所と時間帯は当然人気があって、十五の団体が応募していた。
抽選した場所の中でも一、二を争う人気になっている。
うちのクラスからは代表として委員長が舞台に上がった。
委員長は本気で当てるつもりでいた。
ガラガラを回す前に、係の俺に対して「絶対に取るわよ」って言うみたいに親指を立てる。
(そんなに張り切らないでください)
(講堂なんて取らなくても大丈夫ですよ!)
俺は委員長に念を送った。
(ファミチキください)で
まあ、十五分の一だし、当たることもないだろう。
だけど、こんなふうに考えること自体が、もうフラグだったらしい。
俺には、主人公補正クラスの運が付いていた。
「やったぁ!」
ガラガラから出た赤い玉を掲げて委員長が声を上げた。
普段から冷静な委員長らしからぬ、可愛らしい声だ。
「小仙波君! やったよ!」
喜び過ぎた委員長が、目の前にいる俺をハグした(委員長はやっぱり巨乳だった)。
「うわぁ」
俺は思わず変な声を出してしまう。
あの、委員長、全校生徒の前で抱きしめないでください…………
なぜかそこで、文香がもう一発空砲を撃った。
福引きの大当たりで鐘を鳴らすみたいな、派手な号砲だ。
これは、えらいことになった。
委員長にハグされながら、俺の全身から血の気が引いている。
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