第168話 野獣
「ちょっと男子ー! 真面目にやってよねー!」
委員長の吉岡さんが怒った。
三つ編みに眼鏡っていう、委員長の三大要素のうち二つを兼ね備えている吉岡さん(あとの一つは巨乳だ。異論は認める)。
吉岡さんは教室で飽きた男子がふざけ始めたのをたしなめた。
ガヤガヤとだべっていた男子が黙る。
委員長はちゃんと場をコントロールしていた。
文化祭で「美女と野獣」の劇を上演することになったうちのクラスでは、さっそく打ち合わせをしている。
脚本を書く係と、演出の係、そして、出演者が集まった最初の打ち合わせだ。
「野獣」役の俺は、もちろんこの打ち合わせに参加していた。
ヒロインのベル役の雨宮さんと共に、机を向かい合わせて列を作った席の、上座に座らされている(ちなみに、文香も馬車の役として出演者に入ってるから、この打ち合わせに参加していた)。
雨宮さんは学年の女子の陽キャグループのリーダーで、まさしく、ヒロインにふさわしいって感じの人だった。
ショートボブの髪で、よく日に焼けた、活発な雰囲気の人だ。
部活は女子バスケット部で、二年ながらレギュラーになってるらしい。
「小仙波君、お手柔らかにね」
雨宮さんが俺にフランクに笑いかけた。
「…………う、うん」
緊張してて返事をするのが一拍遅れてしまう。
こんなことでもなかったら、雨宮さんと面と向かって話すことなんてなかったと思う。
俺と雨宮さんは別の世界の人間って感じだった。
二人とも主役だけど、その格差が激しすぎる。
その点は「美女と野獣」だ。
こんな雨宮さんを前にして、俺は舞台の上で演技なんてできるんだろうか?
今の段階で、雨宮さんの顔を直視することすらできない俺なのに。
まともに口もきけない俺なのに。
そして、俺が自分からこの役に立候補したこと、みんながどう思ってるのかがすごく気になった。
寝ぼけて思わず手を挙げてしまったこと、みんなに分かってもらえてるだろうか?
俺みたいなのが出しゃばってきたとか、思われてないだろうか?
すごく気になる。
最初の打ち合わせってことで、議題は劇の方向性とか、台本についてだった。
台本は、某世界的アニメの「美女と野獣」の方じゃなくて、フランスの原作をベースに書くことになった。
劇の方向性は、基本コメディーで、最後は泣かせにかかるって空気に持っていくって決まる。
「それで、『野獣』の時の小仙波君の顔なんだけど……」
委員長が俺に話題を振った。
ああ、魔法をかけられた「野獣」の顔をどうするかってことか。
それはたとえば、野獣っぽいマスクを被るとか、特殊メイクで再現することになるんだろうか?
「『野獣』だから、小仙波君の場合そのままでいいか」
委員長が言った。
「えっ?」
俺がびっくりして「?」な顔になってると、吉岡さんが、
「冗談だってば」
って言いながら笑う。
そこにいるみんなも釣られて笑った。
あの、とても冗談って感じの口調じゃなかったんですが…………
隣の雨宮さんが「ほら、小仙波君、言い返してやりなよ」とか言って、俺の肩に手を置いた。
雨宮さん、簡単にスキンシップするタイプの人らしい。
結局、「野獣」の顔はマスクを作ってもらうことになった。
だけど、マスクを脱いで美しい王子の顔に戻ったって場面で俺が出ていって、観客は納得するだろうか?
打ち合わせだけだったのに、どっと疲れて部室に戻った。
この先が、ものすっごく思いやられる。
「小仙波どうした? 疲れた顔して」
それが顔に出ていたのか、花巻先輩に心配された。
先輩は冷蔵庫からレモンの蜂蜜漬けを出して食べさせてくれる。
ほぼ徹夜明けの体に、それはよく効いた。
優しくされて、先輩の(大きな)胸に飛び込んでいきたい衝動に駆られる。
「どうせあんた、クラスのみんなに『野獣』だから顔はそのままでいけるね、とか、からかわれたんでしょ?」
今日子が言った。
「なんで、分かったんだ……」
「あんたがそう言われて上手く切り返せずにしょげてる様子が、目に浮かぶもん」
そう言って肩をすくめる今日子。
今日子って、俺のことならなんでもお見通しなんだろうか?
「酷いよね。小仙波君はこんなに可愛いのに」
坂村さんがそう言って俺の頭をよしよししてくれた(あの、顔が近いです)。
「小仙波君は野獣みたいに
伊織さんがフォローしてくれる。
「先輩は野獣っていうより、ティーカッププードルですよね」
南牟礼さんのそれ、フォローなんだろうか?
「まあ、小仙波君みたいな子に限って、夜は野獣になったりするんだけどね」
月島さんが言って含み笑いした。
月島さん、ストレートな下ネタは止めてください。
顔が真っ赤になってしまうので。
部室では、俺と文香がいない間に、明日行われる出店出展場所の抽選会の段取りを詰めていた。
司会は今日子と六角屋が担当して、花巻先輩がご意見番って感じで会が進行するらしい(抽選会のご意見番って、なんだ?)。
「よし、抽選会も盛り上げていくぞ!」
先輩が言って、みんなが「はいっ!」って小気味よい返事を返す。
クラスの劇のことが心配だけど、ここは委員会の仕事に集中しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます