第167話 隕石

 文化祭の出店出展申し込みが締め切られた。

 「部室」のちゃぶ台には、提出された申し込み用紙の束が乗っている。

 結構分厚くて、留めているバインダーの金具が外れそうだった。

 これから審査で少しは落とされるとしても、相当数の出店や出展があると思われる。


「うむ、良きかな、良き哉。申し込みは例年より三割は多いぞ。我が校史上最大の祭になることは、間違いなしである」

 ちゃぶ台を前に仁王立ちした花巻先輩が、満足げに頷いた。



 おやつを食べたあと、早速、みんなで手分けして申し込み用紙のチェックをする。

 教師陣を入れての審査の前に、まず、申込用紙の記述に漏れや間違いがないか確かめた。

 今日は坂村さんも部室に来ていて、確認が終わった申し込み用紙をExcelに打ち込んで電子化してくれる。


 申込用紙を見てると、部活動やクラス単位での他に、友人同士や、これを期に設立した団体での応募も多かった。

 みんな、文化祭でなにかやりたいって盛り上がってるんだろう。

 ゲストにスーパーアイドルの佐橋杏奈ちゃんが来ることもあって、校内は浮き足だってて、まさしくお祭り状態なのだ。


「これは、出店出展場所の争奪戦も激しくなりますね」

 伊織さんが苦笑いした。


 人気がある場所は申し込みが殺到するから、くじ引きで決めることになる。

 その抽選会もかなり盛り上がって、毎年、前夜祭みたいに賑やかになった。

 申し込み自体が多い今年は競争率も高くて、なおさら盛り上がるだろう。



「あれ? 先輩のクラスも出展するんですね」

 一枚の申込書を見ながら南牟礼さんが言った。


「えっ? そうなの?」

 俺は南牟礼さんがチェックしていた申込用紙を見せてもらう。


 確かに、うちのクラスから申請が出ていた。

 クラスで演劇をすることになっている。

 それも、演目が「美女と野獣」で申請してあった。


 委員会の仕事のことばっかりに気を取られてて、正直、自分のクラスがこんなことになってたの知らなかった。


「ちょっとあんた、散々ホームルームで話し合いしてたのに、聞いてなかったの?」

 今日子が俺を睨む。


「冬麻君、上の空だったもんね」

 中庭から文香が言って、今日子と二人で「ねー」って俺をあおった。


 正直、ここのところ朝も放課後もホームルーム中は居眠りしてて、何が話し合われてるとか、まるで分からなかった。

 その時間は貴重な睡眠時間になっていた。


 でもそれは、女子達のせいだ。


 文化祭に向けての作業が忙しくて部室に泊まることになったんだけど、女子達の寝相が悪すぎて夜眠れないのだ。


 寝相が悪い女子達は、雑魚寝ざこねしてる布団の中で暴れ回る。

 俺の目の前に生足の太ももを出してきたり、着てるものを脱いじゃったり、俺の顔をお尻で踏んづけたりする。

 気がつくと伊織さんの唇が俺の唇のすぐ横にあったりした。

 花巻先輩の大きなモノに押しつぶされて窒息ちっそくしかけたこともある。

 そんなことされたら、ドキドキして眠れたものじゃない。


 だから俺は、ここのところ毎日目にくまを作っている。



「っていうか、あんたその主役級の役にキャスティングされてるんだけど、まさか、それも知らないなんてこと、ないよね」

 今日子がジト目で俺を見た。


「はぁ?」

 俺は頓狂とんきょうな声を出してしまう。


「えっ、冬麻君、ホントに知らないの?」

 文香が砲塔を傾げて訊いた。


「うん、知らない。主役級の役って、なに?」

 俺は、文香や今日子にすがるように聞き返す。


「『美女』と野獣で男子がやる主役級って言ったら、もちろん、『野獣』しかないじゃない」

 今日子が言った。


 は?


「無理無理、絶対に無理!」

 俺は、みんなの前で駄々っ子みたいに言う。


 「美女と野獣」の「野獣」?

 それって、主役級じゃなくて主役そのものじゃないか。

 そんなの無理に決まってる。


 俺が人前に出て演技するとか、想像すらできない。

 まず、人前に出て舞台に立つことが無理だし、そこで声を出すことだってできない。

 脇役とか、通行人みたいな役だって無理なのに、それが主役とか…………


「でもあんた、自分で手を挙げて立候補したんだよ」

 今日子が言う。


 そんな馬鹿な…………


 だけど、微かな記憶を辿たどると、俺はそれを夢で見た気がする。

 なんか、ホームルームの最中の夢で、そこでは修学旅行の班を決めてて、なぜか別のクラスの伊織さんがいて、「私と同じ班になりたい人」って訊かれたから、俺は手を挙げたのだ。

 そうして、伊織さんと一緒に修学旅行に行く夢を見た記憶がある。


 その時手を挙げたのが、まさか、現実のことだったとか……


「小仙波、委員会の仕事だけでは物足りなくて、演劇で舞台に立とうなど、剛気だな! しかし、文化祭を盛り上げようという、その意気やよし! 見上げた心掛けだぞ!」

 花巻先輩が言って俺の肩をぽんぽん叩く。


 俺は首をブンブン振った。

 先輩、違うんです、ホント、違うんです!


「小仙波君の『野獣』、楽しみにしてるよ」

 伊織さんが笑顔で言った。

 伊織さん、俺は「野獣」じゃなくて子羊です。

 いや、ネズミです。

 ミジンコです。


「先輩、友達とかクラスの子引き連れて見に行きますね」

 南牟礼さんが言った。

 南牟礼さん、それは止めてください。


「小仙波君、舞台を録画してネットの動画サイトにアップするね」

 坂村さんが言う。

 坂村さん、それは絶対に止めてください…………


 大変なことになった。

 俺のこの短い半生で、一番のピンチかもしれない。



 文化祭当日、この街に隕石いんせきとか、落ちてこないだろうか。

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