第139話 三月十四日
そして、ついにその日を迎えた。
三月十四日、ホワイトデー当日だ。
俺は、お返しのプレゼントが詰まった紙袋を提げて、いざ、学校へ向かう。
「お兄ちゃんが、ホワイトデーの日にお返しを持って登校する日が来るなんて……」
玄関で、妹の百萌が目の端に涙を溜めながら言った。
涙目のまま、鼻をすする百萌。
ちょっと
百萌の後ろにいる母も、微笑みながら遠い目をしてるし。
「いいこと、お兄ちゃん。ちゃんと渡す人の目を見て、一言添えて渡すんだよ」
百萌が諭すように言う。
「分かってるよ、行ってきます」
俺は玄関を出た。
百萌にはそう答えたけど、渡す人の目を見て一言添えるとか、かなりハードルが高いと思う。
外に出ると、空は晴れていて、春っぽい爽やかな風が頬を撫でた。
「冬麻君、おはよう」
「うん、おはよう」
家の前で待っている文香に乗って、いつものように学校に向かう。
文香は、俺が持ってる紙袋からセンサーをそらして、見て見ぬふりをしてくれた。
校内では、朝からさっそく、そこここで男子が女子にホワイトデーのお返しをする光景が見られた。
去年までの俺が、目を背けていた光景だ。
呼び出したり、呼び出されたり、いろんなドラマがある。
中には、照れた男子が、ポイってぶっきらぼうに渡すような、甘酸っぱい感じの受け渡しもあって、見ているこっちが照れてしまった。
って、人のばっかり見てる場合じゃない。
俺も放課後まで待って行動に出た。
まずは、文香と一緒にお弁当を食べる仲良し三人組に、お返しを渡す。
三人のことは文香からよく聞いてたから、何をプレゼントすればいいかは、比較的簡単に分かった。
ミステリー好きの彼女には、最新作のミステリーの単行本。
お菓子作りが趣味の彼女には、珍しい形をしたクッキーの型。
猫を飼っている愛猫家の彼女には、猫用の玩具をプレゼントする。
「ありがとう!」
「これ、欲しかったの!」
「なんで、これ欲しいって分かったの?」
三人が三人とも喜んでくれた。
「やったね、冬麻君」
それを見ていた文香が小声で言う。
これも、文香のおかげだろう。
さて、次だ。
委員会のみんなや伊織さんにはあとで部室で渡すとして、問題の
雅野女子の三人には、放課後渡したい物があるからと、校門のところで待っててもらえるようにメールしてある(文面は全面的に六角屋に監修してもらった)。
だから、委員会を抜けて一度雅野女子へ行くことの許可を、部室の花巻先輩にもらいに行った。
「うむ、いいだろう」
花巻先輩が許可してくれる。
「我が校の品位を汚さないように、ちゃんとお返ししてきなさいよ。それから、あんたみたいのが雅野女子の学校の周りをうろうろしてたら通報されるかもしれないから、用事が終わったらさっさと帰ってきなさい。向こうから、『このあと一緒にお茶どう?』とか、『お食事でもどう?』って誘われても、それはお返しをもらったことへの社交辞令だから、真に受けないこと。丁重にお断りして、帰ってくるの。いい?」
腰に手をやった今日子が偉そうに言った。
今日子に言われなくても、そんなこと分かってる。
仮に、もし仮に誘われたとしても、緊張して、一言も話せないだろうし。
「ほら、ネクタイ曲がってるよ」
偉そうに言いながらも、今日子は俺のネクタイを直して送り出してくれた。
緊張しながら雅野女子に向かう。
下校する雅野女子の生徒の、古風な茶色いジャンパースカートの波に逆らって坂を登った。
小高い丘の上にある校舎を目指す。
すれ違う女子達が、紙袋を提げて歩く俺をちらちら見た。
今日子の言葉じゃないけど、ホントに不審者として通報されるんじゃないかって心配になる。
坂を登り切って前を見ると、
「小仙波君!」
手を振ってくれる三人がいた。
三人は、校門のところに並んで待ってくれている。
「ごきげんよう」
いきなり橘さんに言われて、用意してた言葉が全部吹っ飛んだ。
「ご、ごきげん
あせってそんな返しをする俺を見て、三人が微笑む。
「ごめんなさい。私達がバレンタインデーのチョコレートなんか渡すから、気を使わせちゃったかな?」
橘さんが言った。
「いえ」
俺は、首がもげそうなくらい首を振る。
「ええと、これ、いただいたチョコレートのお返しです」
まず、橘さんからプレゼントの包みを渡した。
橘さんのために用意したのは、茶道で使う
柄が入った、いろんな種類の懐紙の詰め合わせ。
六角屋から教えてもらったデータで、橘さんが茶道部だって知ったから、これにしてみた。
消耗品だから使ってもらえて、俺なんかのプレゼントでも邪魔にならないと思った。
「ありがとう、助かる」
橘さんに喜んでもらえる。
そして、文化祭のメイドカフェで俺にオムライスを食べさせてくれた二人。
そのうち、背が低くて可愛らしい方の竹内さんには、洋書屋で買ってきたピアノの楽譜を贈った。
彼女が相当なピアノの腕を持ってることは、六角屋のデータから
そして、もう一人の大人っぽい城ノ内さんには、カメラのフィルムを贈った。
彼女は、今時フィルムカメラで写真を撮ることを趣味にしてるカメラ女子らしい。
「ありがとう!」
「これ欲しかったの、よく分かったね」
二人に言われた。
六角屋のストーカーじみたデータのことがバレそうになって、ちょっとあせる。
「お礼に、お茶でも飲んでいかない?」
橘さんが言った。
ああ、これが今日子の言う社交辞令ってヤツか。
「いえ、あの……」
「そうだよね。今日はホワイトデーだもんね。小仙波君、これから本命の彼女に、ホワイトデーのお返し渡しに行くのかな?」
橘さんが小首を傾げて、下から見上げるように言う。
「そんな、本命とか、彼女とか、いないですし」
俺はぶんぶん首を振る。
「ふうん、じゃあ、私が立候補しちゃおうかな?」
橘さんに悪戯っぽく言われて、顔が真っ赤になった。
でも、きっとこれも、社交辞令なんだろう。
まともに受けちゃいけないと思う。
雅野女子の三人にお返しを渡し終えて、部室に帰る。
なんだか一仕事終えたような充実感と、疲労感があった。
さて、部室で委員会のみんなに渡す前に、あとは篠岡さんだ。
戦闘機乗りの、篠岡花園さん。
篠岡さんには、あらかじめ連絡してあって、会ってもらえないか訊いてあった。
そしたら篠岡さん、今日わざわざ学校まで来るって言ってくれた。
車で来るんだろうから、正門の前で待つことにした。
しばらく待って、「今どこですか?」って、篠岡さんにメールを打とうと、スマートフォンを取り出したそのときだ。
空から、キーンって、耳を突くようなジェットエンジンの音が聞こえてきた。
嫌な予感がする。
すごく嫌な予感が。
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