第138話 嗜み

 お返しする相手のことを考えて、その人その人に合わせたもの、か…………


 女子大生の佐倉さんにアドバイスしてもらって以来、俺はずっとそのことを考えている。

 ホワイトデーのお返しをする相手が、何をもらったら喜ぶだろうって、そのことばかり考えた。


 それはこうして英語の授業を受けてる最中の今だって例外ではない。

 そのことを考えてて、英語の授業なんて上の空だ(まあ、普段からどの授業も大体において上の空なんだけど)。



 たとえば、同じクラスの今日子。

 俺は、斜め前に座るその制服の背中を見ながら考える。

 今日子は、何をプレゼントしたら喜ぶだろう。


 赤ん坊のときからずっと一緒で、中学生で引っ越すまで、隣同士、家族同然の付き合いだった今日子。

 そんな今日子に何をあげたら喜ぶのか改めて考えてて、一つ、思い浮かぶ物があった。


 今日子は、子供の頃に俺があげた縫いぐるみを、ずっと大事そうに持っていた。

 それは、今日子の家族と二家族で行った遊園地で、俺が輪投げの景品で取ったクマの縫いぐるみだ。

 俺は別にそれが欲しくなかったから、今日子にあげた。

 すると今日子は、それの腕がもげたり、表面が破けたりしても、お母さんに直してもらって手放さなかった。

 なぜかは知らないけど、今日子はクマの縫いぐるみが好きなんだろう。

 そんなにクマの縫いぐるみが好きなら、そろそろ新しいのを買ってプレゼントしたら喜ぶと思う。



 花巻先輩はどうだろうか?

 花巻先輩は一年365日がお祭りと称してる人だし、やっぱり、お祭り関連の物をプレゼントしたら喜ぶだろうか。

 それだと単純すぎるか。

 花巻先輩は料理が得意だから、料理関連のグッズとかでも喜んでもらえるかもしれない。



 月島さんはどうだろう?

 文香のコードを一人で書いちゃうような天才的エンジニアで技術将校の月島さん。

 今は文香の開発に加えて、俺達の学校の講師もしている。

 そんなふうにバリバリ仕事をしてるのに、月島さんはなぜか自分の周りの片付けが苦手で、部屋が滅茶苦茶だ。

 だから、月島さんには掃除とか収納に関するグッズにするのいいんじゃないかと思う。



 それから、伊織さんだ。

 成績優秀、容姿端麗ようしたんれい、家柄が良くて、次期生徒会長最有力候補っていう人望もある伊織さん。

 で、ありながら、機械フェチで、最新式戦車の文香を見るためにしょっちゅう部室に入り浸ってる伊織さん。

 伊織さんは、将来エンジニアになりたいって夢を持っている。

 そういう伊織さんには、やっぱり、工具関係とか、そういう物を贈るのがいいのかもしれない。



 そして、俺の隣の席で真面目に授業を受けている文香に関しては、ある程度何を贈ればいいか最初から想像がついていた。

 やっぱり、文香にはゲームに関するものが一番いいに決まっている。

 文香は無類のゲーム好きだし、なにしろゲームは俺と文香を結びつけたものでもあるし。



 あと、篠岡さん。

 戦闘機のパイロットで、月島さんの友達。

 俺をアメリカまで送ってくれた人。

 過酷かこくな環境で常に神経をすり減らすような仕事をしてる篠岡さんには、疲れを取ったり、体をいたわるような物がいいかもしれない。



 だけど問題は、雅野みやびの女子の三人だ。


 三人とは文化祭の手伝いのとき会っただけで、その後、数回メールでのやり取りがあったような間柄だ。

 はっきり言って三人のことはあまり詳しくは知らない。

 なにをプレゼントしたらいいのか、想像もつかなかった。



 というわけで、俺は休み時間に六角屋の教室に相談しに行った。


「なんだ、そんなことか」

 そしたら六角屋が肩をすくめる。


「雅野女子に通う生徒のデータなら、大体揃ってるぞ」

 六角屋が当たり前のように言った。


「なんだよそれ」


「隣の女子高に通う女子のデータを収集するなんて、男子高校生として、当然のたしなみだろ」

 六角屋が俺を見ながらヤレヤレみたいな顔をする。


 いや、それ、ストーカーの嗜みだから……


「名前、何だっけ?」

 六角屋に訊かれて、俺は三人の名前を告げた。


「その三人なら、多分、大丈夫だ」

 六角屋はそう言うと、持ってるデータを俺のスマホに転送してくれる。

 さすがに、スリーサイズとかのデータはなかったけど、食べ物の好みとか、読んでる本とか、好きなアーティストとかの情報が、三人分列挙されていた。

 かなり詳細なデータだ。


「安心しろ、卑怯ひきょうな方法で得た情報じゃない。ちゃんと彼女達と話したり、その友達から得た情報をまとめただけだ」

 六角屋が胸を張る。


 どうやったら雅野女子の生徒とフランクに話したり出来るんだよ…………



「俺、今日の放課後、ホワイトデーのプレゼント買いに行く予定だけど、小仙波も一緒に行くか?」

 六角屋が誘ってくれた。


「うん、行こう」

 慣れてる六角屋が一緒に行ってくれるなら心強い。



 それにしても、プレゼントを選ぶのがこんなに楽しいなんて、思いもしなかった。

 人に物をあげるわけで、自分が得するわけでもないのに、それを考えてるだけで幸せになる。

 その人のことを考えてる時間が楽しい。


 もし俺に彼女が出来て、その人と付き合ったら、こんなふうに楽しい時間がずっと続くんだろうか。


 いないから、分からないけど。

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