第137話 おんぶ

 二週間に渡る烏丸からすま女子大学でのアルバイトも、今日で終わった。


「お疲れ様。ありがとうね」

 佐倉さんがそう言って、サークルのお姉さん達が拍手でたたえてくれた。

 アルバイト代の方も、かなり色を付けてくれる。

 お別れの食事会を開いてくれて、佐倉さん達のサークルが行きつけのお店で、おいしいイタリアンを頂いた。


 これ以上のアルバイト先はなかったと思う。



 最後に、佐倉さんに車で家まで送ってもらった。

 家の場所の関係で六角屋が先に降りたから、車の中で佐倉さんと二人きりになる。

 佐倉さんには俺なんか眼中にないことは分かってるけど、二人きりになると緊張した。


 助手席から見てると、街灯や車のライトを浴びるたびに、佐倉さんの顔が夜の闇に浮かび上がる。

 月島さんも花巻先輩もそうだったけど、運転席でハンドルを握る女性は、すごくカッコいい。



 佐倉さんは、俺を送っていつものように家から少し離れたところで車を停めた。

 車を路肩に寄せてハザードを出す。


「それじゃあね。なにかあったら連絡して。なにかなくても連絡してくれていいけど」

 佐倉さんがそう言って微笑んだ。


「あの、一ついいですか?」

 俺は思い切って佐倉さんに切り出してみる。


「ん? なに?」

 佐倉さんがサイドブレーキを引いた。


「女子って、どんなプレゼントしたら喜びますか?」

 俺は訊く。


 稼いだアルバイト代でバレンタインデーのお返しをするんだけど、今までそんな経験ないから、女子がどんなプレゼントしたら喜ぶのか、まったく分からなかった。

 チョコレートのお返しに、クッキーとかお菓子っていうのもちょっと子供っぽいんじゃないかと思うし、もう少し気の利いた物を送りたい。


「そっか、君達はホワイトデーのお返しのためにアルバイトしてたモテモテ男子君だもんね」

 佐倉さんが言った。


「いえ、そんなこと……」

 佐倉さんがふざけて言ってるのは分かってるけど、照れてしまう。


「そうだなぁ……」

 佐倉さんが空で考えた。


「やっぱり、ブランド物のバッグとか、化粧品とかかな」


「ああ」

 やっぱりそうか。

 当然、そんなのアルバイト代では足りない。


「嘘嘘。男の子からもらうプレゼントなら、なんでも嬉しいよ。特に、君みたいに可愛い男の子からならね」


「それじゃあ、参考になりません」

 ちょっと拗ねた感じで言うと、佐倉さん、「ゴメン、ゴメン」って言いながら笑った。


「あのね、高価な物じゃなくても、自分のことを考えて贈ってくれた物は嬉しいものだよ」

 佐倉さんが言う。


「自分のことを考えて、ですか?」


「そう、たとえば私は、ほら、絵を描くでしょ? 私が絵を描くことを知ってて、画材とか、画集とかプレゼントしてもらうのは、すごく嬉しいよ。それは、ブランド物とか、高価な物じゃなくてもね。そういうのって、私を見てくれてるのが分かるでしょ? それだから嬉しいと思うの。だから、君が送りたい相手のことを考えて、その人その人に合わせた贈り物をすればいいんじゃないかな」


「その人その人に合わせたもの、ですか……」


「うん、全部同じ物を買って、ただそれを配るとかじゃなくて、一人一人のことを考えてね」


「はい」

 なんか、答えの道筋が見えてきた気がした。


 佐倉さんに相談して良かったと思う。



「ところでさ、小仙波君」

 佐倉さんが急に話を切り替えた。


「はい?」


「その、小仙波君の横に張りついてる恐そうなお姉さんは誰?」


「えっ?」

 佐倉さんに言われて助手席側のウインドウを振り返る。

 するとそこには、暗闇の中で窓に張りついてる月島さんがいた。

 顔と両手を窓にくっつけて、車の中を覗いている。


 ふんふん鼻息を出してるから、窓ガラスが曇っていた。


「いえ、なんでもありません。ただの酔っ払いじゃないんですか?」

 俺は答えた。


 この人が、俺の学校の講師で、自衛隊の佐官だとか言えないし、他人のふりをする。


「それじゃあ、送っていただいてありがとうございました」

 俺は車から降りた。


「うん、また今度ね。いつでも連絡ちょうだい」

 佐倉さんはそう言って車で去って行く。

 ホイルスピンする勢いで猛スピードで走ってったから、なにかしらの危機を感じてたのかもしれない。



「誰よ、あの女」

 佐倉さんの車を見送りながら月島さんが言った。


 月島さん、ベンチコートにジーンズで、コンビニの袋を下げていた。

 袋には酎ハイ(ストロング系)の缶がたくさん詰まっている。


 多分、仕事から帰って、冷蔵庫にお酒がないことに気付いて、コンビニに買いに行った帰り道なんだろう。

 すでにビールかなにかを一本開けていて、車に乗れないから歩いて出たんだと思われる。


 とにかく、えらい人に見付かってしまったのは間違いなかった。


「あなたと車の中で楽しそうに話していたあの女は誰?」

 月島さんが重ねて訊く。


「えっとですね……」


 俺は、仕方なく本当のことを話した。

 相手はバイト先の人で、遅くなったから車で送ってもらったこと。

 ついさっきまで六角屋も乗ってたし、他意はないこと。


「ホントかなぁ?」

 月島さんがいぶかしげな目で見る。


「ホントですよ。だって、俺があんな綺麗な人から相手にされるとか、あるわけないでしょ?」

 俺は自虐的に言った。


「まあ、それもそうか」

 月島さんが頷く。


 いや納得するんかい!


 俺は心の中でむなしく突っ込んだ。


「じゃあ、そういうことにしておこう」

 月島さん、どうにか納得してくれたみたいだ。


 そのまま家まで歩こうとしたら、

「おんぶ」

 月島さんが俺に両手を差し伸べてきた。


「へっ?」


「疲れちゃったから、冬麻君、私をおんぶして帰って」

 月島さんが言う。


「いえ、無理です」

 俺は首を振った。


「私、疲れると口が軽くなって、あることないことペラペラしゃべっちゃうんだよね。冬麻君が、美人女性と車の中でいちゃいちゃしてたって、文香とか伊織さんとか委員会のみんなにしゃべっちゃいそう」

 月島さんがそう言って嫌らしい笑い方をする。


 ズルい。

 大人の女性は、なんてズルいんだ!


「分かりました」

 仕方なく俺は、月島さんをおんぶした。

 俺が月島さんの前でしゃがむと、月島さんがベンチコートの前を開いて、俺を包むようにする。

 俺はそのまま立ち上がった。

 月島さんが俺の首に手を回す。

 体がぴったりと密着した。


「あー楽ちん楽ちん」

 月島さん上機嫌だ。


 ベンチコートと背中の月島さんの体温のおかげで、冬の夜道も寒くなかった。

 俺は鼻歌交じりの月島さんをおんぶして家まで帰る。


 だけど、あの、月島さん、その、胸の立派なモノを必要以上に俺の背中に押しつけるのは、止めてください。

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