第136話 慰労
放課後、部室に寄らずに烏丸女子大学の通う生活がしばらく続いた。
そこで、全身タイツみたいなマーカーがついた服を着て、そのモーションを撮られるアルバイトをする。
佐倉さんのサークルのメンバーのお姉さん達とも、だいぶ親しくなった。
作業をしながら、休憩時間に一緒にお菓子を食べたり、お茶したり、
連絡のためにLINEのグループにも入れてもらった。
おまけに、女子大からの帰りは佐倉さんが自分の車で送ってくれるようになっていた。
佐倉さんはカッコいいクーペに乗っていて、それで俺と六角屋を家まで送ってくれた(文香や月島さんに見つからないように、家の少し手前でおろしてもらってたけど)。
そんな生活をしばらく続けて、今日、久しぶりに部室に行ってみた。
今日は佐倉さん達に他に用事があって、撮影がないという。
久しぶりに部室に行くと、しかし、なぜか玄関で花巻先輩が三つ指ついて待っていた。
「小仙波君、お勤めご苦労様です」
先輩がかしこまった感じで言う。
「なんですか?」
いつもは先輩に振り回されてるのに、なんか気味が悪かった。
「小仙波君」とか、先輩に君付けで呼ばれたことないし。
さらには、花巻先輩だけじゃなくて、その後ろに今日子と月島さん、それに伊織さんまで控えている。
中庭から文香も覗いていた。
「お久しぶりです……って、あれ? みんなどうしたんですか?」
遅れて俺の後から来た六角屋も目を丸くしていた。
「おお、六角屋君も来たか。うむ、我らにホワイトデーのお返しをするために、毎日毎日アルバイトに励む二人を少しでも慰労出来ればと思ってな。我ら女性陣で、少しばかりのもてなしの席を用意したのだ。二人とも、さっそく上がるがよい」
先輩が言って、俺達を居間に導く。
すると、居間のコタツの上には、いろんな種類のスイーツが用意してあった。
たくさんのケーキや和菓子が、所狭しと並べてある。
どれも手作り感に溢れていて、みんなが作ってくれたらしい。
「さあ、我らが腕によりをかけて作ったおやつだ。存分に食べてくれ」
先輩が俺と六角屋をコタツに座らせた。
「私も、生地を混ぜるのとか、手伝ったんだよ」
中庭から文香も言う。
「どうした? 遠慮せず、食べたまえ」
先輩が言った。
並んで座らされた俺と六角屋は、横目で目を見合わせる。
なんか、気まずかった。
「ほらどうした、遠慮するな。ははーん、もしかして、自分では食べないというのだな? 我らに、『あーん』してもらいたいなどと、そういう
いえ、先輩違うんです……
「しょうがないなぁ。特別だよ。みんな、『あーん』してあげよう」
月島さんが悪戯っぽく言った。
そして、ショートケーキの上の苺にフォークを刺す。
「ほら、小仙波君、あーん」
月島さんが俺の顔を覗き込みながら苺のフォークを差し出す。
唇のすぐ手前まで持ってこられたら、もう、辞退するわけにもいかず、
「あーん」
って言いながら、俺は苺を口にした。
口に含んだ苺の味が、いつもより余計に酸っぱい気がする。
「ほら、私からも、一応、『あーん』してやるわ」
今日子がそう言いながら、モンブランの上に乗っている栗をフォークで突き刺して俺の口元に突きつけた。
「あーん」
俺は栗を頬張る。
「どう? 美味しいでしょ?」
今日子は恩着せがましい。
「私からも、『あーん』してあげるね」
文香がそう言うと、120㎜滑腔砲の砲身の先に括り付けたフォークで、チョコレートケーキを丸ごと1ホール突き刺して俺の口に押しつけた。
文香、大きすぎるから…………
「それじゃあ、私からも。あーん」
そして伊織さんも「あーん」してくれた。
フルーツパフェに載っていた桃を一切れ、フォークで突き刺して俺の前に差し出してくれる。
伊織さんだよ。
あの伊織さんが俺に「あーん」してくれるのだ。
伊織さんの桃が俺の唇に触れて、舌の上に落ちる。
その全身をくすぐられるような感覚。
たぶんおいしいんだろうけど、緊張で味が分からなかった。
俺の隣で、六角屋も同じようにみんなから「あーん」されている。
「小仙波君、肩こってない?」
フォークを置いて伊織さんが言う。
「いえ、そんなには」
「無理しなくていいよ。ほら、肩を揉んであげる」
いや。
えっ?
マジで?
伊織さんがコタツに座る俺の後ろに立て膝して、肩に手を置いた。
後ろから滅茶苦茶良い匂いがするし、発せられるオーラみたいなので背中がゾクゾクする。
「じゃあ、揉むね」
伊織さんの細い繊細な指が、俺の肩に食い込んだ。
そして、緊張でカチカチになってる肩を揉みほぐす。
このまま、肩の骨が
固まっている筋肉が一本一本ほどけて、溶かされていく気がする。
多分、今日家に帰っても肩は洗わないと思う。
俺の横で、六角屋は今日子から肩を揉んでもらっていた。
今日子の肩もみは乱暴そうなのに、六角屋、やけに気持ちよさそうな顔をしている。
「どう? 少しは疲れがとれた?」
十分くらいかけて丁寧に肩を揉んでくれた伊織さんに訊かれた。
「はい、もちろんです」
俺は裏返った声で答える。
「アルバイトきついかもしれないけど、頑張ってね」
伊織さんが言ってくれた。
「無理をしたらだめだよ」
文香も言う。
「は、はいい……」
俺はかすれた声で返事をした。
言えない。
女子大生のお姉さん達に囲まれて、きゃっきゃうふふしながら和やかにバイトしてるとか、夕飯ごちそうになってるとか、車で送り迎えしてもらってるとか、言えない。
口が裂けても言えない。
もしバレた場合、何が起こるか、想像もしたくなかった。
俺は、隣の六角屋を見た。
すると六角屋の方も俺に視線を合わせる。
言葉を交わすまでもなく、目が「このことは内緒にしよう」って言っていった。
俺も「墓場まで持って行こう」って視線で返す。
なんか、六角屋と俺、男同士の友情が深まった気がした。
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