第135話 モデル
「さあ、それじゃあ、脱いで」
女子大生のお姉さんに、そんなことを言われた。
お姉さんは、優しそうな笑顔で恐ろしいことを言う。
目元が涼やかなで、身長が170㎝くらいあるお姉さん。
お姉さんは絵の具で汚れたエプロンをつけて、シャツを腕まくりしていた。
いかにも絵描きさんって感じの芸術肌の人だ。
「さあ、脱いで」
お姉さんが俺の目を見て迫る。
これって、もしかして、もしかしてだけど、噂に聞く、ヌードモデルのアルバイトだろうか?
ここは美術系のサークルみたいだし、俺、このまま脱がされちゃうのか。
「隣の部屋で二十人くらい待ってるけど、恥ずかしがらなくて大丈夫だよ」
お姉さんが言う。
隣の部屋で二十人くらい待ってる?
ここは女子大だし、隣の部屋待ってるのは女子大生のお姉さん二十人ってことなのか。
そこに裸で出て行けっていうのか。
この俺の貧弱な体を晒せっていうのか。
六角屋が体を洗って綺麗なパンツ穿いてこいって言ってたのは、こういうことか。
六角屋のヤツ、なんてバイトを紹介してくれてるんだよ。
俺は隣りに立っている六角屋を横目で見る。
「佐倉さん、いきなり脱げとか、そんなこと言われたら誰だって戸惑いますよ」
六角屋が言った。
二人はよく知った仲みたいだ(佐倉さんっていうのがこのお姉さんの名前だろうか)。
「それもそうか。まだ、自己紹介もしてなかったね。私は
佐倉さんが小首を傾げる。
ゆるく二つにまとめたパーマの髪が揺れてチャーミングだ。
「よろしく、お願いします」
俺は頭を下げた。
「よし、それじゃあ脱いで」
やっぱり脱ぐのか……
俺が考えてる横で、六角屋がするすると制服のジャケットを脱いだ。
そしてネクタイを外そうとしている。
六角屋は脱ぐ気満々だった。
ここ数日委員会に顔を出さなかったけど、六角屋はこうしてここでヌードモデルをしてたんだろうか。
いくら女好きの六角屋といっても、裸で女子大生のお姉さんに囲まれるとか、ハードルが高すぎると思うんだけど……
「ほら、どうしたの? 男の子でしょ?」
佐倉さんが言う。
男の子でしょ、って、男の子は不特定多数の女子の前で裸になったりしないし。
「アルバイトしにきたんでしょ? 覚悟を決めなさい」
佐倉さん、ちょっと強めの口調になった。
俺に姉はいないけど、いたらこんな感じなのかと思う。
弟心をくすぐられる言い方だ。
「分かりました」
仕方なく俺はジャケットを脱いだ。
ネクタイを外して、シャツのボタンにも手をかける。
ここまできたら
そうだ。
俺は花巻先輩と今日子、伊織さん、月島さんと混浴の露天風呂に入ったんだし、女子の前で裸になったこともある。
だから、恥ずかしくなんてない(あのときは乳白色のお湯の中だったけど)。
シャツを脱いだ俺はズボンのベルトを外した。
横で同じように六角屋もズボンを脱いでいる。
靴下を脱いで、パンツをどうするのか、佐倉さんと六角屋を見ながら様子を探ってたら、
「じゃあ、これを着て」
佐倉さんが黒い布きれを渡した。
「えっ?」
俺はそれを受け取る。
黒い布きれは人の形をしていた。
広げてみると、全身タイツみたいな服だった。
「さあ、それを着て」
佐倉さんに言われる。
隣の六角屋は、慣れた感じで黒い全身タイツに
なぜかタイツのあちこちに、白い点々がついている。
「なんですか? これ?」
俺は訊いた。
「うん、モーションキャプチャのためのマーカーが付いた服だね。これで今から小仙波君の体の動きを記録させてもらいます」
佐倉さんが言う。
「モーションキャプチャ?」
「うん。私達のサークルで、3DCGを使った展示をするのね。それで今、いろんな人の体の動きを取らせてもらってるの」
佐倉さんが説明してくれた。
「なんだ…………」
思わず大きな声を出してしまう。
安心して、強張っていた肩から力が抜けた。
「小仙波、何を勘違いしてたんだよ」
ジト目の六角屋が言う。
「六角屋君、説明してなかったの? 小仙波君、もしかしてヌードモデルでもさせられると思った?」
佐倉さんが笑いながら言った。
「えっ、いえ……」
首を振りながら、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。
「そうだね。可愛い男の子を脱がせて、ヌードデッサンのモデルにして囲むのもいいかもね」
佐倉さんが悪戯っぽく言った。
「いいから、早く着ろ」
六角屋にヤレヤレ、みたいな感じで言われる。
六角屋がちゃんと説明しなかったからこんなこんなことになったのに。
全身タイツを着て隣の部屋に行くと、そこで佐倉さんのサークルのお姉さん達が作業をしていた。
普通の教室くらいの広さの部屋で、壁全体が暗幕のような黒いカーテンで覆われている。
そこここにたくさんのカメラやライトがあって、お姉さん達はそれらをセッティングしたり、映像を取りこむ数台のパソコンを操作したりしていた。
「こんにちは」
「新しい子?」
「よろしくね」
俺を認めたお姉さん達が、口々に声をかけてくれる。
みんな大人っぽくて優しそうな人達だった。
それに、全員からもれなく良い匂いがする。
「緊張しなくていいから、普段通りに動いてね」
佐倉さんがポンと俺の肩を叩いた。
そこで俺は、いろんなポーズを取らされたり、歩いたり、走ったり、軽いダンスみたいなことをする。
ちょっとしたシナリオに従って、演技みたいなこともした。
それを、部屋中に設置された無数のカメラが映す。
撮った映像をパソコンのモニターで確認して、作業が進んだ。
六角屋がきつい仕事だって言ってたけど、確かに楽じゃなかった。
同じ動きを何度も繰り返したり、慣れない演技したり、体力的にも精神的にも疲れた。
だけど、一つのシーンが撮り終わるたびにお姉さん達が、「よかったよ」とか、「頑張ったね」とか声をかけてくれるから、苦ではなかった。
お姉さん達に囲まれて、六角屋も生き生きと動いてるし。
その日の撮影が終わったのは午後七時すぎだった。
「ご苦労様。お腹すいたでしょ? みんなで一緒にご飯食べに行こうか。お姉さん、奢っちゃう」
佐倉さんが言ってウインクする。
「はい、ご馳走になります!」
俺と六角屋が声を揃えた。
こんなアルバイトなら、続けてもいいと思った。
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