第134話 アルバイト

 花巻先輩に許可をもらって、今日の放課後は委員会を休んだ。


「うむ。しっかり働くんだぞ」

 先輩はそう言ってあっさりと送り出してくれる。


「私達の為にも、たくさん稼いできなさいよ」

 横から今日子が言った。


 俺がホワイトデーの資金稼ぎでバイトに行くことは、言わなくてもすっかりバレている。


「冬麻君、気をつけてね」

 文香だけが、俺をいたわって送り出してくれた。




「さあ、それじゃあ行くか」

 六角屋が言って、俺はその後についていく。

 六角屋に便乗して、俺も同じアルバイト先で働くことになっていた。

 でも、どんな仕事をするのかは、まだ六角屋から聞いていない。


「あんまり大っぴらには出来ない仕事だから、現場で話す」

 六角屋も詳しいことは教えてくれなかった。

 ただ、風呂でしっかり体を洗って、綺麗なパンツ穿いてこいよって言われただけだ。


 風呂でしっかり体を洗って、綺麗なパンツ穿いてこいとか、そんな変なこと言われて、ちょっと引っかかる部分もあった。

 まあ、短期間で稼げる仕事ってことで、怪しい部分があるのは覚悟はしている。




 学校から、六角屋と最寄りの駅まで歩いて電車に乗り、四つ先の駅で降りた。

 さらにそこからバスに乗って移動する。


 昼過ぎのいい加減な時間だからか、バスの乗客は俺と六角屋の他に、お婆さんが一人だけだった。

 バスは駅前の商店街を通り過ぎて郊外へ出る。

 曲がりくねった山道を20分ほど登って、やがて、街を見下ろすような高台に着いた。


 そこでバスを降りる。


 降りたところに堂々とした石組みの門があった。

 「烏丸からすま女子大学」。

 門柱にそんな看板が掛かっていた。

 門から奥に、歴史がありそうな石畳の道が続いてるのが見える。


「ここでアルバイトするのか?」

 俺は恐る恐る訊いた。


「ああ」

 六角屋が嬉しそうに頷く。


「何が素晴らしいって、女子大でアルバイト出来るなんて、こんな幸せはないだろう!」

 六角屋はキラキラした目で言った。

 至極しごく、六角屋らしい。


「まさか、六角屋の趣味だけで選んで、バイト代が安いとかないよな」

 一応、俺は訊いた(まあ、ここでのバイトなら、ちょっとくらいバイト代が安くてもいい気がしないでもない)。


「心配するな。ちゃんと払いもいいバイトだから」

 六角屋が言う。


「なら、いいけど」


 それにしても六角屋、女子大でバイトとか、どこでそんなコネクションを手に入れたんだろう?



 ともかく、俺達は門をくぐった。

 門の警備員さんに六角屋が入館証を見せて、俺もそれについていく。


 広い敷地の中に何棟もの建物が散在しているキャンパス。

 当たり前だけど、歩いてるのは女子ばっかりだ。

 それも、俺達より年上のお姉さんばかり。


「ほら小仙波、口が開いてるぞ」

 六角屋に注意された。

 すれ違った三人組のお姉さんに笑われる。


 もう何回もここに来てるのか、六角屋は知った様子でどんどん歩いた。

 俺は遅れないように後を追う。


 キャンパスを横断するように歩いて、俺達は四階建ての古いビルのような建物に辿り着いた。

 中からギターの音が聞こえたり、合唱の声が聞こえたりするから、ここは校舎じゃなくて部活とかサークルが集まる建物なのかもしれない。


 その建物の中央にある階段を最上階の四階まで登った。

 薄暗い廊下を突き当たりまで進む。



「こんにちは」

 六角屋がその部屋の引き戸を開けた。

 その十畳くらいの部屋には、イーゼルとかキャンバスがたくさん壁に立てかけてある。

 石膏像が置いてあったり、スモックが干してあったりと雑然としていた。

 どうやらここは、美術系サークルの部屋みたいだ。


「あっ、六角屋君待ってたよ」

 そこでなにか作業をしていた一人の女性が振り向いて言った。


 いかにも大学生のお姉さん、って感じで、目元が涼やかな綺麗な人だった。

 身長が170㎝くらいあってすらっとしている。

 絵の具で汚れたエプロンを着けて、パーマがかかった髪をゆるく二つにまとめていた。


「こいつが、友達の小仙波です」

 六角屋が俺を紹介する。


「どうも、小仙波です」

 俺は頭を下げた。


「よろしくね」

 お姉さんはそう言いながら、俺の頭の天辺から爪先まで、素早く目を走らせた。


「ふうん。可愛いね」

 お姉さんに言われた。

 可愛いとか言われて、なんかくすぐったい。


「どうですか?」

 六角屋がその人に訊く。


「うん、丁度いいかんじだね。ほら、私達、普段はプロのモデルさんなんかにお願いしてるから、がっちりした彫刻みたいに力強い感じの人ばっかりになっちゃうんだよね。でも、今回求めてるのは、こういう、小仙波君とか六角屋君みたいな、普通の高校生くらいの男の子なの。だからぴったり」

 お姉さんが言った。

 言いながら、もう一度頭の天辺から爪先まで俺を値踏みするように見る。


 そのとき、口元が舌なめずりするみたいに動いた気がした。



「さあ、それじゃあ、脱いで」

 お姉さんが俺の目を見ながら言う。


「えっ?」

 俺は思わずかすれた声を出した。

 この女子大の敷地に入った瞬間から、緊張してて喉がカラカラだった。

 それにしても、「脱いで」って?


「あっちでみんな待ってるから、お願い」

 お姉さんが言う。


「さあ、なにも怖くないよ」


 あれ?

 これって……


 俺の頭の中を妄想が駆け巡る。



 もしかして、もしかしてだけど、これって、噂に聞く、ヌードモデルのアルバイトってやつ?

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