第133話 綺麗なパンツで

 結局、進路調査のプリントには、大学進学って書いて提出した。

 まだその先、どんな職業につくか、とか考えてなくて、とりあえずプリントを埋めたって感じだ。


「急いで決めなくともよいのだ。まだまだ時間はたっぷりとある」

 花巻先輩がそんなふうに言って、笑い飛ばしてくれた。


 先輩に言われると、納得していいのか、危機感を持った方がいいのか、微妙なところって気がする。



 でも、とにかくプリントも提出したし、俺は、いつものように授業を終えると、今日子と文香と部室に戻って、居間のこたつに入った。


 そこで、こたつの上にあったみかんを食べながらまったり過ごす。


 花巻先輩がお茶を入れてくれて、職員会議から逃げてきた月島さんもこたつに入った。

 縁側の窓が少し空いていて、中庭の文香がこっちにセンサーを向けている。

 そうして、みんなでとりとめもないことを話した。


 こんな時間がいつまでも続けばいいのにって思う。

 進路なんか決めずに、ずっと、ここにいたかった。

 ここは、いつのまにか俺にとって最も安らげる場所になっている。



「あれ? そういえば六角屋、今日も欠席?」

 二つ目のみかんの皮を剥きながら気付いた。


 こたつで、俺の右隣に今日子がいて、左隣の月島さんが俺の足をつんつんしてて、対面に花巻先輩がいる。

 そこに六角屋の姿はなかった。

 考えてみれば、六角屋は昨日もおとといも部室に来ていない。


「当たり前でしょ。六角屋君、アルバイトがんばってるんだよ」

 今日子が言った。


「アルバイト?」

 六角屋、なんで急にアルバイトなんて始めたんだろう?


「分からないの?」

 今日子が呆れたように言う。


「バレンタインデーの次に来る行事はなに?」

 やれやれ、って感じで肩をすくめる今日子。


「ああ……」


 そうだ、バレンタインデーの一ヶ月後には、ホワイトデーが来るのだ。

 今までは、母と百萌、今日子にしかチョコレートをもらったことがなかったら、そんな行事ないも同然だった。


 六角屋は紙袋で四袋分もチョコをもらってるわけで、ホワイトデーのお返しは相当お金が掛かると思われる。

 そのためにアルバイトしてるんだろう。


 六角屋みたいにたくさんチョコをもらうのも、善し悪しだ。



「ところであんたは大丈夫なの?」

 今日子が俺をジト目で見た。


「えっ?」


「あんたはみかん食べながらまったりしてていいの? って訊いてるの」


「いや、その…………」


「あんたもお返しをなんとかしなさいよ。私は別にどうでもいいけど、雅野女子の子にもらったのとか、あの戦闘機乗りの人からもらったのは、ちゃんとお返しなさい。もらっておいてお返しもないとかなったら、この学校の品位が問われて恥ずかしいから」

 今日子が保護者みたいに言う。


「分かってるよ」

 今日子に言い返しながら、まったく考えてなかったことに焦った。


 雅野女子の三人の分に、渓泉庵の女将おかみの分、篠岡さんの分、今日子、花巻先輩、月島さん、伊織さん、文香。

 そして、母と百萌。

 俺はこれだけのお返しをしないといけないのだ。


 残念ながら、俺の預貯金は皆無に等しい。

 六角屋じゃないけど、早急にアルバイトとかして稼ぐ必要があった。


「小仙波君、なんだったら、先生の分のお返しは体で払ってもらってもいいんだよ」

 月島さんがウインクしながらそんなことを言う。


「もう先生! こいつ本気にするからからかわないでください!」

 今日子が月島さんに抗議した。


「体で返すか……うむ、私もそれでいいぞ!」

 花巻先輩が悪のりする。


 この年上コンビは、彼女いない歴=年齢の俺をからかうことを楽しんでる節があった。


「そんなふうに働かなくても、お金なんて簡単に増やせるのに」

 中庭から文香が言う。

 さすが、お小遣いを短期間で数千万に増やした文香の言葉は違った。


「なんで人間は、そんなに働くの?」

 文香の哲学的とも言える問いに、思わず頷いてしまいそうになる。


「冬麻君、もしよければ、私が冬麻君のお金増やしてあげようか?」

 文香がそんな願ってもない提案をしてくた。


 そこに今日子が立ちふさがる。


「文香ちゃん、こいつを甘やかしたらダメ。ちゃんと自分で稼がせないと。ただでさえ、楽な方に流される奴だし」

 幼なじみの言葉だけに、ぐうの音も出なかった。


「そうだぞ文香君。男はれるだけのものではなく、育てるものなのだ」

 腕組みした花巻先輩が訳知り顔で言って、月島さんが大きく頷く。


 男一人だと、こういうとき一方的に言われるばかりで、こっちは不利だ。




 次の日、休み時間に六角屋の教室を訪ねて、どんなバイトしてるのか訊いてみた。


「小仙波も稼ぎたいのか?」

 ここ数日バイトで忙しいらしく、ちょっと疲れた顔の六角屋が言う。


「まあ、みんなにバレンタインデーのお返しが出来るくらいには稼ぎたい」

 俺は答えた。


「それなら、俺がやってるバイト紹介するけど」

 六角屋が願ってもないことを言ってくれる。


「でも、楽な仕事じゃないぞ」

 真顔で言う六角屋。


「頼む。稼ぎたいし」

 短期間で稼げるんだから、楽な仕事じゃないことくらい俺にも分かる。

 ちょっとは覚悟もしている。


「分かった。それじゃあ俺から紹介しといてやるから、明日から始めてみろ。今日家に帰ったら、風呂でしっかり体を洗って、綺麗なパンツ穿いてこいよ」

 六角屋がそんなふうに言う。



 体洗って、綺麗なパンツ穿いてこい?



 一体、なにが始まるんです?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る