第128話 珍客

 登校前にチョコレートをもらうというハプニングで、学校におけるバレンタインデーの一日が始まった。


 当日の校内はやっぱりざわざわしている。


 休み時間には、教室や廊下のあちこちで、チョコを渡す姿と、渡される幸せな姿が見られた。

 男子は、教室に帰ってくるたびに机の中を確認したり、ロッカーをチェックしたりと忙しい。

 一方で女子の方も、堂々とチョコを渡す生徒もいれば、チョコの包みを持ちながら、渡す勇気がなくてモジモジしてる子がいたりして微笑ましかった。


 そんな光景を去年までは卑屈ひくつになって見てた俺も、今年はちょっとだけ余裕でいられる。

 なんたって、俺はもう、三つもチョコをもらってるのだ。

 朝、雅野女子の生徒からチョコをもらったことで、俺は、男子からも女子からも一目置かれる感じになっていた(その実、文化祭を手伝ったからもらえたっていう、限りなく義理に近いチョコなんだけど)。


 三つももらって、流石にこれ以上のハプニングはないかと思ってたら、二時間目の休み時間に、俺の机を三人の女子が囲む。


「小仙波君、これ」

 そう言って、三人の女子から一つずつチョコレートの包みを差し出された。


 三人は、普段、文香と一緒に弁当を食べていて、仲良くしてくれているクラスメートだ。


「いつも、文香ちゃんから小仙波君の面白い話を聞いて楽しませてもらってるから、そのお礼だよ」

 その中の一人が言った。


「ありがとう」

 俺は、頭を下げて包みを受け取る。

 それはいかにも義理チョコって感じの小さな包みだった。

 だけど、チョコはチョコだ。


「冬麻君、良かったね」

 隣の席の文香が言った。

「ああ、うん」

 俺は頷く。


 それにしても文香、俺のことを、この三人にどんなふうに話してるんだろう?

 文香が俺のことどんなふうに見てるのか、それを他人にどんなふうに話してるのか、内容が気になる。



「まったく、冬麻のくせに、めちゃくちゃチョコもらってるみたいじゃない」

 次の三時間目の休み時間には、今日子が俺の席に来た。


「はい、これあげる」

 今日子はそう言って包みを差し出す。


「もちろん義理だけど、受け取りなさい」

 今日子がそう言いながら差し出した包みは、中にサッカーボールが入ってるんじゃないかってくらいの大きさの、円筒形の包みだった。

 ミントグリーンの綺麗な包装紙に、黄色いリボンで包んである。

 持ち上げようとすると、少し気合いを入れないといけないくらい重い。


 いや、義理チョコにしては大きすぎるだろ。


 今までの経験からして、中には今日子の手作りチョコが入ってると思われた。

 この大きさからして、1ホールのチョコレートケーキが、丸々入ってるんじゃないかと思う。

 今日子の手作りチョコは、こんなふうに、年々、大きくなってる気がする。

 義理チョコにこれほど力を入れる理由がまるで分からない。


「でもまあ、雅野のお嬢様からチョコもらうモテモテの冬麻さんには、私からのチョコなんていらないでしょうけどね」

 朝のことを目撃している今日子が、皮肉っぽく言った。


「私のチョコなんて、お邪魔かもね」

 今日子がそんなこと言うから、

「ううん、そんなことない。毎年もらってるから、もし、もらえなくなったら寂しくなると思う。今日子は、俺に家族以外でチョコをくれた初めて相手だし。家族以外で、初めてチョコ作ってくれた相手だし」

 俺は反論する。


「は、は、初めての相手とか…………」

 俺の言葉に、なぜか今日子が大袈裟おおげさに反応した。


「もう、ば、馬鹿! 冬麻の馬鹿!」

 今日子は、そう言い残すと、顔を真っ赤にしてどっかに行ってしまった。

 突風が起きるような速さで。


 ん。

 今日子の奴、なに恥ずかしがってるんだろう?



「ねえ、文香ちゃん、小仙波君、いろんな人からたくさんチョコもらってるけど、いいの?」

 俺と今日子のやりとりを隣で見ていた文香と、仲良しの三人がヒソヒソ声で話している。


「うん、いいの。こういう時は、見て見ぬふりをして泳がせておきなさいって、アメリカのAI戦車のケイちゃんに教えてもらったから。それが正妻の余裕よって、教えてもらったの」

「ふうん、文香ちゃんって、大人だね」

 文香が三人にそんなこと話してるのが聞こえた。


 女子達、一体なんの話をしてるんだ?

 正妻の余裕って、なんなんだよ…………




 結局、帰りのホームルームが終わるまでにもらったチョコレートは、この七個だった。

 部室に行く前にこんなにもらってしまって、朝、百萌が持たせてくれた紙袋が役に立つ。

 このままいけば、紙袋が一杯になるのも夢じゃないかもしれない。

 百萌に、お兄ちゃんの勇士を見せられるかもしれない。



 紙袋を下げる俺を、今日子がジト目で見た。

「ほら、モテ男さん行くよ」

 放課後、今日子はそう言って俺を席から追い立てる。

 いつものように、今日子と文香と三人で、部室に向かった。



 部室に行くために、グラウンドを突っ切って歩く。

 グラウンドには、これから部活を始める野球部やサッカー部が、用具を揃えたり、準備運動をしていた。


 そこへ、空から轟音が聞こえてくる。


 ここは近くに三石の工場や自衛隊の駐屯地があるから、俺達はそんな音には慣れている。

 また、いつものように戦闘機か輸送機が飛んでるんだと思った。

 そしたら、その音が近付いて来る。

 どんどん大きくなって、耳をふさがないと我慢できないくらいになった。


 何事かと空を見上げると、空から大きな鉄の塊が下りてくるところだった。

 ゆっくりと、風船のように、すうっと下りてくる。

 同時に、グラウンドに風が吹き付けられて、もうもうと砂埃が上がった。

 運動部員が、蜘蛛くもの子を散らすように端へ逃げる。


 それは、見覚えがある戦闘機だった。


 こんなふうに滑走路もなしに着陸出来るのは、それが垂直離着陸機だからだろう。

 やがてそれはグラウンドにふわりと着陸した。

 耳を突くジェットエンジンの音が止まる。

 キャノピーが開いて、中のパイロットが見えた。


 もしかしてだけど、嫌な予感がする。


 これ、多分、俺が知ってる人だ。

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