第121話 運用
「文香、久しぶりに、洗車してあげようか?」
俺はそんな感じで切り出した。
「えっ?」
放課後、部室の中庭。
文香はブルーシートの下に隠した四式中戦車と並んでそこにいる。
「嬉しいけど、まだ寒いし、冬麻君が濡れたら大変だからいいよ」
文香は砲塔を振った。
戦車のくせに
「いいからいいから」
俺は部室の物置からホースやデッキブラシを出してきた。
そして、なかば強引に文香を洗車する。
もちろん、洗車するっていう名目で、文香にあのことを告げるためにこの時間を作った。
お年玉やお小遣いを貯めた程度では、家なんか買えないってことを、これから文香に伝えなければならない。
だけど、俺とのゲーム内での新居を現実でも持とうと、色々物件を探し回った文香にそれを告げるのはかなり気が引ける。
文香が残念がる様子が目に浮かんで切なくなった。
そんな俺がちゃんと文香に説明できるのか、部室の中から、花巻先輩をはじめ文化祭実行委員のメンバーと伊織さんが、
「それじゃあ、始めるよ」
学校指定ジャージに着替えた俺は、まず、文香全体に水をまいて装甲表面を濡らした。
十分に濡らしたところで、転輪に足をかけて上によじ登って、砲塔上面からデッキブラシをかける。
ここのところ北風が強かったからか、文香の冬季迷彩の白は、砂埃や排気ガスの汚れでくすんでいた。
汚れた箇所に重点的にブラシをかけて、特に汚れが酷いところは車用の洗剤を使う。
車とは桁違いに大きさが違うから、やってるうちに汗をかいた。
おかげで寒さは気にならなかった。
「あっ、そこは……冬麻君、ダメ!」
砲塔側面のスモークディスチャージャーの辺りにブラシをかけてたら、突然、文香がセンシティブな声を出す。
「あ、ダメ、ダメだってば!」
なんか、俺がいかがわしいことしてるみたいだから、
「だって、装甲の表面にもセンサーがついてるから」
僅かな振動や風の流れを読むために、文香には全身にセンサーが付けられている。
この前の改修工事で、さらにそれが増やされたみたいだ。
だけど、こんなに敏感だとは思わなかった。
「ほれほれ」
俺は、センサーが密集してそうな部分を重点的にブラシ掛けする。
「あっ!」
文香が切ない声を出した。
なんか、とんでもない扉が開いてしまいそうで、怖い。
砲塔のブラシ掛けが終わったくらいのタイミングで、俺は、いよいよそれを切り出す。
「そそ、そういえばさ、この前もらったお年玉、なにに使おうと思ってる?」
俺は、少し遠回しに言った。
最初ちょっと噛んだけど、中々上手い会話の導入部だったんじゃないかと思う。
「え? お年玉? あっ、あれね。そうだ、冬麻君、私、そのことで冬麻君に言おうと思ってたんだけど……」
すると、逆に文香のほうから言ってきた。
まどろっこしい手順を踏んだのに、それが無駄になる。
「うん、なに?」
俺は、焦る心を落ち着かせながら訊いた。
「えっとね、私、家を買おうと思ってるの」
文香の方から、いきなり核心に踏み込む。
「ふぇ?」
突然のことで、俺は今まで出したことない声を出してしまった。
「あの、ゲームの中の新居みたいな家、ってわけにはいかないけど、私、自分の家を持とうと思ったの」
文香の言葉が跳ねている。
「そこに、文化祭実行委員のみんなとか、クラスのお友達とかたくさん呼んで、パーティーしたり、バーベキューしたり、お泊まり会したりしようと思ってるの」
なんか、文香の車体の後ろに、文香がクラリス・ワールドオンラインの中で使ってるララフィールのキャラクターの姿が見えてきた。
きっと、上目遣いで俺を見上げて、ぴょんぴょん跳ねながら話している。
「もちろん、そこで、冬麻君と二人っきりになることがあるかもしれないけど…………」
文香、すっかり夢見る少女になっていた。
「だけどね、文香。お年玉とお小遣いだと、家は買えないんだよ。家って、すごく高いんだ」
俺は言った。
文香の夢を壊すことになるけど、言わないといけない。
「えっ? 家ってそんなに高いの?」
文香が訊き返す。
「ああ」
俺は頷いた。
「いくらくらい?」
「うん、大きさにもよるけど、この辺で土地付きの一軒家となると、3000万円くらいはすると思うよ」
「ふうん」
文香は言った。
これで、諦めてくれると思った。
諦めざるをえないと思った。
しかし。
「それなら大丈夫。私、二軒買える分くらい持ってるし」
「ふぎゃ?」
またも、今まで出したことがない音声を出してしまう俺。
「持ってるの?」
俺が訊く。
「うん、持ってる」
即答する文香。
「お年玉、そんなにもらったの?」
「ううん、そんなにはもらってないけど、もらったお年玉とかお小遣いを、増やしたの」
「増やした?」
「うん、株のデイトレードとか、先物取引とか、FXとか、仮想通貨とかで複合的にお金を動かしたら、貯まったの」
「株のデイトレードとか、してたの?」
「うん、1日24時間、世界中の開いてる市場を探して取引し続けたよ。株って、簡単に予想出来て、簡単に儲かるよね」
文香がそんなことを言う。
文香は、その有り余るAIの能力と衛星にも繋がる回線を生かして、24時間取引してたらしい。
授業中も、俺と登下校してる間も、ずっとお金を動かし続けてたらしい。
「そ、それで、いくら増やしたの?」
俺は、恐る恐る訊いた。
「えっとね、1分前の時点で、67529085円」
「は?」
「67529085円」
「ああ…………」
十分、家、買えるじゃないか。
「資金運用って簡単だよね。なんでみんなやらないのかな?」
文香が言った。
いや、勝ち続けられる文香が異常なわけで…………
俺達は、文香がお年玉で家が買えるって考えてる幼い子供だって思ってたのに、文香は、ちゃんと現実を知っていて、それだけのお金を用意していた。
文香が自分の口座から一旦お金を全部引き出したのは、それを
それまで俺達の会話を襖の裏で訊いていた先輩達も、びっくりして転がるように中庭に出てきた。
「文香ちゃん! すごいよ!」
六角屋が言う。
「まさか、ホントに家買おうとしてたとか!」
今日子が言った。
「さすがは、先端技術の粋を集めた文香ちゃんだね!」
伊織さんが、惚れ惚れとした顔で文香を見る。
「よし! 文香君を、我が文化祭実行委員会の会計に任命するとしよう!」
花巻先輩が言った。
先輩、下心が見え見えです。
「家を買ってあまったお金で、またみんなで焼き肉パーティーしましょう」
文香が言った。
いったい何回焼き肉パーティー出来るんだろう…………
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