第120話 推理

「先輩、文香ちゃんがあの家々を回ってた理由、分かったんですか?」

 六角屋が、運転席の花巻先輩に訊いた。


「ああ、無論である」

 先輩は自信たっぷりに頷く。


 大体、先輩は普段から自信たっぷりなんだけど、今回はそれに輪をかけて自信たっぷりで、腕組みの腕に乗っかってる大きな胸を、更に大きく張っていた。


「簡単な話ではないか。小仙波よ、答えは君の話の中にあったぞ」

 先輩が言う。


「えっ?」

 突然名指しされて、俺は頓狂とんきょうな声を出した。


「小仙波の話を精査せいさすれば、おのずと答えが出てくるのである」

 先輩はそう言って大きく頷くけど、本人である俺にはなんのことかさっぱり分からない。


「それでそれで、文香ちゃんはなんで、何軒も無関係な家を回ってたんですか?」

 今日子が急かすように訊いた。


「先輩、教えてください!」

 伊織さんもいつになく興奮している。


「うむ、それでは教えよう」

 先輩は一呼吸おいてもったいぶった。



「文香君は、家を買おうとしてるのである」

 花巻先輩が言う。

 先輩、腕組みしたまま自分の発言に大きく頷いていた。


「はぁ?」

 先輩以外のメンバー全員が同じ声を発する。

 まったく同じだったから、声がそろっていい感じにハモってしまった。


「文香君は、貯めた小遣いとお年玉で、家を買おうとしているのだよ」

 先輩が落ち着いた声で繰り返す。



「いえいえ、ちょっと待ってください……」

 六角屋が苦笑いしながら言った。


「家って、一軒家のことですよね。私達が暮らす、住宅のことですよね」

 伊織さんが確認する。


「無論、その通りである。文香君は一軒家を買おうとして、物件回りをしていたのだ」


 先輩の説があまりにも突飛とっぴだったから、今日子が吹き出した。


「笑わせようとして言っているのではない。ならば、その三軒が売りに出されていることを確かめてみるがいい。小仙波、正確な住所は分かるな」


「あ、はい」

 俺は、念のため文香が立ち寄った家にスマホの地図でピンを刺していた。

 それで確認した住所を不動産サイトで調べてみると、先輩が言うとおり、三軒とも売りに出ている。


「一軒目が空き屋、二軒目が普通に人が住んでいて、三軒目が更地さらちと、それぞれ形態が違ったことから見過ごしたのだ。それが分かれば、文香君が物件探しをしていたことは容易に想像がつくのである」


「でも、この目の前の更地と、一軒目の空き屋は分かりますけど、二軒目の家はどうして売りに出てるって分かったんですか?」

 六角屋が訊く。

 六角屋が疑問に思うとおり、あそこには人が住んでいて生活感もあった。


「うむ。その物件のせいで、皆も騙されたのであろう。そのせいで、三軒に関係がないように思われてしまった。しかし、小仙波の話をよく思い出してみるがいい」


「あっ、そっか!」

 伊織さんが何か気付いたみたいだ。


「その二軒目は、引っ越しするところだったのですね」

 伊織さんが続けた。


「うむ。その通りである」

 先輩が伊織さんに「よくできました」って感じの視線を送る。


「その家が引っ越しするなんて、どうして分かったんですか?」

 俺は訊いた。

 実際にその家を見たのに、俺はいまだに全然分からない。


「小仙波、君はその家の玄関前に、補助輪が付いた自転車が置いてあったり、新聞やダンボールの束が置いてあったと言ったな」


「はい、言いました」


「さらには、洗濯機も置いてあると言った」


「あっ」

 なんか、見えてきた気がする。


「そうなのだ。玄関に子供用自転車が置いてあるのは納得がいくが、そこに洗濯機があっては洗濯ができないではないか。アパートなどの玄関に洗濯機が置いてあるなら分かるが、一軒家では置き場所にふさわしくない。しかし、洗濯機があるだけならば、故障で廃棄するために置いてある、という可能性もあるだろう。だが、小仙波はそのあとで室内にいた中年女性と目が合ったと言っていた。おかしいではないか。室内にいた人物と目が合う。通りに面して外から丸見えの窓に、カーテンもしていない。もし、そこに住んでいる人物がいるなら、それは余程自分の生活に自信があるか、露出狂ろしゅつきょうかのどちらかであろう。そこの家では、すでに引っ越しの作業でカーテンが外されていたのだ。それらの事実から、私はそこがすぐに空き屋になると判断した。すでに売りに出されていて、不動産サイトのリストにでも載っていたんだろう。文香君はそれを見て、下見をしたのだ」


「なるほど」

 今日子が頷く。


 先輩に言われて、俺はぐうの音も出ない。

 この目でそれを見ていながら、まったく気付かなかった。



「でも、そうだったとして、文香ちゃんはなんで、家を買おうと思ったんですかね?」

 六角屋が訊く。


「さあな、そこは想像するしかないが、文香君も自分の家を持ちたいと、そう考えたのではないか? 文香君の中に芽生えた何かがそうさせた、としか言えないが……」


 先輩に言われて、俺は文香と「クラリス・ワールドオンライン」の中で持った家を思い出した。

 ゲームの中で、新婚の俺達の、ピカピカの新居だ。


 もしかしたら、文香はそれを現実の世界で再現しようとしているのかもしれない。

 ゲームの中での俺との新居を、現実でも手に入れようとした、とか。


「だけど、さすがにお小遣いとお年玉では、家は買えませんよね」

 六角屋が当たり前のことを言う。


「そこは、文香ちゃんまだ三歳なんだし、お小遣いとお年玉を全部注ぎ込めば買えるって思ったんじゃないの? それで、口座からお金を全部下ろしたんだよ。なんか、可愛いよね」

 伊織さんが萌えている。

 伊織さんの機械萌と、幼女萌がブレンドされた萌え方だ。



「文香君には、その辺を説明しないといけないな」

 花巻先輩が言った。


「小仙波、おまえがその辺を文香ちゃんに説明する必要があるんじゃないか」

 六角屋が言った。


 いや、なんで俺?


「そうだよ。冬麻が説明しなさいよ。普段、文香ちゃんにお世話になってるんだし」

 今日子が言って、俺をひじで突っつく。


「小仙波君、文香ちゃんを傷つけないように説明してあげてね」

 伊織さんが言った。


「は、はいぃ…………」


 だけどそれは、すごく難しい宿題だ。

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