第109話 ショータイム

「さてと、これから先は、フミカとトーマ、二人で回りなさい」

 ケイがそんなことを言い出す。


「えっ?」

 俺と文香が同時に発した。


「私だって、そこまで無粋ぶすいじゃないよ。これ以上、二人の邪魔はしたくないし」

 意味ありげに言うケイ。

 ケイはたぶん、大いなる勘違いをしている。


「それに、私も少し一人でのんびりと過ごしたいしさ。二人のお守りをするのは、けっこう大変だし」

 突き放したようなこと言うけど、ケイがわざと言ってるってことは解った。

 俺と文香に気を遣わせないようにしているのだ。

 ケイは気を遣える戦車だ。


「さあ、それじゃあ、二人して思いっきりいちゃいちゃしてね」

 ケイはそう言うと、そこから走り去った。

 少し離れたところで、バイバイ、ってするみたいに砲身を振る。



 俺と文香は、きらびやかなテーマパークの中に、二人(一人と一輌)で残されてしまった。



「ケイちゃん、なに言ってるんだろうね……」

「うん、おかしいよね……」

 俺と文香は、お互いに言った。

 こうして二人きりになることは初めてじゃないのに、こんなふうにされると、なんだか緊張する。

 変に意識してしまった。


「せっかくだから、どこか行こうか?」

 俺が言う。

「うん」

 文香が砲身を下げて頷いた。


 気まずくて、お互い初めてデートするカップルみたいな会話になってしまう。

 まあ、俺の会話スキルなんて、初めてデートする奴以下の赤ちゃんクラスだから、大抵こんな感じなんだけど。



 俺が車長席のハッチから上半身を出したままの姿勢で、文香がゆっくりと走り出した。

 二人きりになったことで、夜風が余計に冷たく感じる。

 文香はモータだけの駆動で走って、キュラキュラと、履帯りたいの音だけがパーク内に響いた。


「まさか、二人で本場の○ィズニーランドにこられるとか、思ってもみなかったね」

 文香が言う。


「ホントにね」

 考えてみると確かに信じられなかった。

 数日前まで、だらだらして、こたつで妹の百萌を突っついてるような正月を過ごしていたのだ。


「色々巻き込んじゃって、ごめんね」

 文香が細い声で謝った。


「ううん」

 俺は首を振る。

 それは別に、文香に気を遣ってるとかじゃなくて、いろんな経験をさせてもらってるし。


「そうだ! みんなへのお土産、忘れないうちに買っておこうよ」

 文香が言った。

「そうだね」

 俺達は、来た道を辿たどって、様々な店が並ぶメインストリートに戻ろうとする。


 すると、湖のような大きな池の前に来たところで、ぱっと、辺りが明るくなった。

 なにかと思って周囲をキョロキョロ見回すと、目の前の湖の、中州になったような場所がステージになっていて、そこに照明がたかれていた。


 ステージでなにか始まるらしい。


 走っていた文香が、キュッと履帯を止めた。

 文香はステージと正対する位置に車体を止めて、俺に特等席を作ってくれる。


 ステージのスポットライトから、○ッキーが出てきた。

 このテーマパークの定番であるショーが始まるのだ。

 ここには俺と文香しかいないから、二人のためだけのショーが始まる。

 


 そこからは、もう、ホントの夢の中にいるみたいだった。


 光の演出に加えて、夜空に映像が写しだされたり、花火が上がったり、目の前の水路から噴水が吹き出したりした。

 見上げるような大きな海賊船が現れてマストの上でチャンバラが始まったかと思ったら、ドラゴンが出てきたり、水面一杯に炎が上がったり、目まぐるしくて息をつかせない。

 水路に浮かぶゴンドラに、映画で見たことがあるキャラクターが次々に出てきて、踊りながら前を通り過ぎた。


 文香はショーを楽しんでるみたいで、車体を左右に揺らしている。

 それがまるでゆりかごみたいで心地よかった。


 全体で三十分くらいだっただろうか。

 観客が二人だけなのに、一切手抜きのないショーを見せてくれた。


 俺は拍手をしてキャストに感謝を伝える。

 文香は超信地旋回で感謝を伝えた。



 ショーが終わって、辺りの照明が落とされても、俺と文香はしばらくそのままでいる。

 俺も文香も、感動しすぎて放心してるって感じ。



「ねえ、冬麻君」

 余韻よいんを十分に味わったところで、文香が口を開いた。


「こんなに人を感動させることが出来るんだね」

 文香の車体が、小刻みに震えている。


「私にも出来るかな?」


「えっ? なにが?」

 俺は訊き返した。


「うん、私、冬麻君の近くにいられたら、って思って文化祭実行委員会に入ったんだけど、今のショーを見て、私も、こんなふうに人を感動させたいと思ったの。今やっと、実行委員になって良かったって思った。何年も留年して、文化祭実行委員を続けてる花巻先輩の気持ちが、解った気がする。私も、文化祭実行委員として、あんなふうに人を感動させてみたい。みんなに感動を与えたい」

 文香が、熱く語った。

 性格的に受け身だった文香が、俄然がぜん、やる気を出している。

 ショーを見ながら、文香はなにかをつかんだみたいだ。

 文香がこんなふうに強く自分からなにかをしたいって言うのは、初めて見た。

 それは、高校生活でも、ゲームの中でも(花巻先輩の気持ちが解ったってところは、ちょっとだけ心配だった)。


「冬麻君、文化祭、絶対に成功させようね」

 文香が語気を強める。

 文香が震えていたのは、武者震むしゃぶるいだったんだろう。


「うん」

 俺は頷いた。

 俺のほうだって、今日子に無理矢理文化祭実行委員会に入れられただけだから、文香に対して偉そうなこと言えないんだけど。




 その後、二人でパーク内をもう一回りして、お土産を買って帰った。


 入場口の所で、ケイや月島さん、自衛隊や米軍関係者の人が待っている。


「どうしたフミカ? トーマにキスでもしてもらったか?」

 鼻息荒い文香を見て、ケイが言った。


「さっきから、モニターしてる文香のAIの活性が激しいんだけど、冬麻君、何かしてないよね」

 月島さんまでそんなことを言う。


「もう! 二人とも、変なこと言わないでください!」

 俺の代わりに、文香がケイと月島さんをさとした。



 一皮むけた文香。

 それって、このあと、どうなっちゃうんだろう?

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