第110話 またいつか

「それじゃあ、元気でね」

 ケイが言った。


 角張ったシャープなラインと、小さな砲塔が凛々しいケイ。

 ケイは、演習を終えて日本に帰る俺達を、わざわざ出発の基地まで見送りに来てくれた。


「うわぁーん、ケイちゃーん!」

 文香が泣き声を上げる。

 文香がケイにすがりつくみたいに正面装甲をすりすりするから、両方の装甲がこすれてギィィと重たい音がした。


「まあまあ」

 隣に立ってる俺は、文香をなだめる。

 鉄がこすれる音で鼓膜こまくがやられそうだったけど。


 周囲には、自衛隊の関係者と米軍関係者数十人がいて、文香とケイを囲んでいた。

 月島さんとケイの開発責任者も、固く握手をして別れをしんでいる。


 俺達の後ろには、文香を日本まで載せて帰る輸送機C-5 galaxyが、機首の搬入口を開けてスタンバイしていた。

 他の自衛隊の戦車や車両は船で後から運ばれるけど、文香だけ先に空輸されるのだ。


 C-5の中には、文香の備品の他に、俺達がテーマパークで買ったお土産や、ケイからもらったお土産が満載してある。


「帰りたくないよぅ」

 ケイにすがりついたまま、文香が言った。

 ホームシックになって格納庫の隅に隠れてた頃の文香とは大違いだ。


「困ったなぁ」

 そう言いながら、ケイはまんざらでもなさそうだった。

 戦車が戦車に寄り添ってるって光景なのに、姉妹が別れを惜しんでるようにも見える。


「それじゃあ、うちの子になるか? このままこっちにいる? そうなったら、トーマとはお別れになるけどな」

 ケイが言った。


「えっ?」

 駄々をこねていた文香が動きを止める。


「それは………いや……」

 文香が言って、ケイが大声で笑った。


「これが一生の別れってわけじゃないし、またいつか会えるだろう。だから、今日のところは大人しく帰ること」

 なだめるように言うケイ。


「それに、ネットで繋げば、またいつでも話せるだろう? 一緒にゲームだってできる。そんなの、衛星を二つ三つ乗っ取れば簡単だ」

 ケイが物騒なことを言った。


「うん! そうだね!」

 文香が砲身を上下させて大きく頷く。


 いや文香、月島さんの頭痛の種が増えるから、もう衛星乗っ取りはやめよう……



「バイバイ」

「うん、バイバイ」


 文香がやっとケイから離れた。


「トーマ、文香を守ってやってくれよな」

 ケイはそんなことを言う。

「うん、ありがとう。またいつか」

 俺は答えた。

 この体格差からして、守られてるのは俺の方だと思うんだけど。



 文香がC-5のスロープを上がって中に納まった。

 自衛隊員の人が、鎖やワイヤーで文香を厳重に機内に固定する。

 ケイと別れたばかりの文香が寂しそうだから、俺は飛んでるあいだ文香の車長席に乗ってることにした。


「バイバイ」

「バイバイ」


 搬入口が閉まって見えなくなるまで、ケイは砲身を振っていた。


 機首の搬入口が完全に閉まってロックされる。

 両翼のジェットエンジンが、耳を突く音を発してうなりを上げた。

 滑走した機体は、文香を乗せたまま、ふわっと空に上がる。


 そこから、空中給油機で二度の給油を受けて、俺達は無事、日本に帰った。

 



 俺達を乗せたC-5は横田基地に着陸して、文香はそこから73式特大型セミトレーラに乗る。

 文香が自分で運転して、懐かしい我が街に帰った。


 正月も明けてからだいぶ経っていて、街はもう、大体いつものように動いている。  

 普段と違うのは、まだ冬休みの学生の姿が、ちらほら見られることくらいだ。



 久しぶりに帰った我が家の前で、文香がセミトレーラから下りる。

 数日しかたってないのに、なんだかすごく懐かしい気がした。

 家の玄関のドアには、まだ正月のお飾りが付いている。


 俺は、文香の中に仕舞っていた荷物を下ろして、車長席から出る。


「お兄ちゃん! お帰り!」

 文香の履帯りたいの音で気付いたのか、玄関から百萌が飛び出してきた。

 部屋着のモコモコのスエットの上に、着る毛布を羽織ってる寒がりの百萌。


「ただいま」

 世界一可愛い妹である百萌は、部屋着のだらっとした格好でも可愛い。


「文香ちゃんも、お帰りなさい!」

 百萌が塀の外にいる文香に手を振って、「ただいま」って文香も砲身を振って応えた。


「ほら、百萌へのお土産。チ○プとデ○ルの縫いぐるみ。本場の○ィズニーランドで買ってきたんだぞ」

 俺は、言いながら二匹のリスの縫いぐるみを百萌に渡した。


「お兄ちゃん、なに言ってるの?」

 百萌がまゆを寄せていぶかしげな顔をする。


 どんなに説明しても、百萌は俺がカリフォルニアのテーマパークに行ったこと、信じてくれなかった。

 俺の話を、その可愛い口を尖らせて聞いていた。

 まあ、当人である俺も信じられないくらいなんだから、しょうがないかもしれないけど。


「いや、ホントに行ってきたから、文香と一緒にパークの中を回ったし。俺達のためだけに、ショーも見せてくれたし」


「はいはい」

 百萌は肩をすくめる。


「お正月のあいだ百萌をほったらかしにしてた言い訳でそんなこと言ってるんでしょ? でも、そんな嘘つくことないよ。百萌は、お兄ちゃんが帰ってきたくれただけで嬉しいし」

 百萌に言われて、一瞬、涙が出そうになった。


 とりあえず百萌を抱きしめて、ほっぺたスリスリしておく。

 俺と百萌に挟まれたリスの縫いぐるみが潰れてるけど、まあ、いいだろう。


 数日ぶりに触る百萌のほっぺたは、やっぱり柔らかい。



「ところでお兄ちゃん」

 俺に抱きしめられながら百萌が言った。


「なに?」


「冬休みの宿題はやってあるの?」

「へっ?」

「もう、明後日から学校だけど」


「あっ」

 帰って来るなり、現実に引き戻される。


「もう、お兄ちゃんってば…………」


 その晩俺は、文香の車長席にもって、文香と一緒にそびえ立つ宿題の山に挑むことになった。

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