第103話 タイマン

 翌日は、早朝から日米二輌のAI戦車が揃っての訓練になった。


「おはよう」

 時差の関係で昨日ずっと起きてた俺は、泥のように眠っていて、月島さんに起こされて漸く時間だって気付いた。


 おはようって言いながら、俺の頭をくしゃくしゃってする月島さん。


「冬麻君、おはよう!」

 月島さんの後ろから文香の声もした。


 俺は、ヤキマトレーニングセンターの格納庫の中の、文香の隣りに置いたベッドで横になっている。

 自衛隊員の人達と一緒の宿舎も用意してくれてあったんだけど、文香が寂しがるし、ここにベッドを用意してもらったのだ。

 この格納庫で、二人で寝ていた。


「さあ、起きて」

 すでにパリッとしたスーツに着替えている月島さん。

 後れ毛の一本もないくらいにまとめた髪も、ちょっと冷たい感じがするメイクも完璧だ。


「起きますけど……」


 月島さん、俺のベッドに添い寝していた。

 俺の右足と左足の間に、自分の右足を入れてからめている月島さん。


 添い寝しながら起こすとか、男子高校生には朝から刺激が強すぎるから止めてほしい(いいぞ、もっとやれ!)。




 着替えて朝食を食べて、いよいよ訓練が始まった。


 寒々とした砂漠の真ん中に、朝焼けに照らされながら、文香と「ケイ」の二輌が並ぶ。


 周りには、月島さんをはじめとする自衛隊のチームと、アメリカ陸軍のAI戦車ケイの開発チーム、双方200人以上のスタッフがいた。

 アメリカ側には、アミーグリーンの制服の胸にたくさんの略綬りゃくじゅを付けた、相当偉そうな人もいる。



 俺は、昨日の約束通り、文香の車長席に乗り込んだ。

 今日一日の訓練、俺はそこで文香に付き合うことになる。


「ふうん、フミカはトーマを乗せて訓練するんだ」

 ケイからそんなふうに冷やかされる文香。


 それに対して、文香は「……うん」って、か細い声で答えるだけだった。

 文香がケイに対して張ったATフィールドは、まだ、解かれていない。


「俺はなんの操作もしないから。ただ乗ってるだけだから。文香は自分で判断して自分で動くから」

 俺は一応、言っておいた。

 アメリカ側のスタッフでニヤニヤしてる人もいたし。


「OK、フミカは縫いぐるみを抱っこしてるお姫様ってことだね」

 ケイが言う。


 あれ?

 これって、俺が縫いぐるみだって茶化されてるんだろうか?




 訓練は、まず、10㎞先、15㎞先の目標を打ち抜く射撃訓練から始まった。

 文香もケイも、難なくその目標を打ち抜く。

 そのあと、走りながら5㎞先の動く目標を捉える訓練をして、それも、二輌とも百発百中。


 友軍の他の戦車や、ヘリコプター、斥候せっこう部隊や人工衛星からの情報にリンクして、敵がまったく見えない状態からの射撃でも、二人は決してまとを外さなかった。


 敵に見立てた飛行機やドローンからの攻撃をかわす訓練もして、二輌とも無傷で切り抜ける。


「フミカ、中々やるね」

 ケイが文香に投げかけた。

 もしケイに手があったら、親指を立ててたかもしれない。


「いえ、そんな……」

 消え入りそうな声で言う文香。


 贔屓目ひいきめを抜きにしても、文香はケイに劣ってないと思う。

 堂々としてれば二人とも同じように見えるんだけど、文香が控えめだから、どうしても、文香がケイのあとに続いてるみたいに見えた。

 姉と妹って感じ。



 訓練は、昼食を挟んで午後も続いた。


「さあ、それじゃあ、これから一対一で、模擬もぎ戦をしましょう」

 昼一番で月島さんが言う。


「模擬戦? ですか?」

 文香の代わりに俺が訊いた。


「そう、これから文香とケイには、実弾を下ろして模擬もぎ弾を装填そうてんしてもらいます。車体の各部に十個のセンサーを付けて、模擬弾で被弾ひだんするとそれが反応する仕組み。エンジン部のセンサーが反応するか、それ以外の三個のセンサーが反応したら、そこで試合終了。この模擬戦のあいだは、人工衛星やドローンとリンクするのは禁止。あくまでも、戦車同士の肉弾戦をしてもらいます」

 月島さんがルールを説明する。


「ようは、戦○道だね」

 そう言って笑う月島さん。


 そんな、ストレートな……


「OK! 受けて立ちましょう!」

 ケイが言った。

「前にドイツのレオパルド3をベースにしたAI戦車、『クラウディア』にも勝ってるから、今度も絶対負けないよ!」

 ケイはその場で超信地旋回してノリノリだ。


「…………」

 一方で文香は黙ったまま。

 車体前部のサスペンションを沈めて、明らかに尻込みしてるのが分かった。



「それじゃあ、ケイも文香も頑張って」

 月島さんが言って親指を立てる。


 すぐに、文香とケイ、両方に模擬弾が積まれた。

 装甲に判定用センサーも取り付けられる。


 そのあとで、二輌は運搬車で運ばれて、距離をとって位置についた。

 お互いの初期位置は知らされていない。

 お互いを発見するところから、勝負が始まるのだ。


 文香の初期位置は、枯れた川みたいな、両側が少し高くなってる堀のような場所だった。

 ギリギリ、文香の砲塔上面が隠れる高さの堀で、どこからも射線が通ってないし、遮蔽しゃへいにはちょうど良かった。



「文香、大丈夫?」

 もちろん、この勝負でも俺は車長席に乗っている。


「うん、大丈夫」

 文香は、とても大丈夫そうじゃない、沈んだ声で言った。

 それでも俺の手前、声を絞り出してるって感じ。


「いつも通りやろう。訓練だし、負けたってそれから学べばいいし」

 なんか上手いこと言おうとして、説教臭くなってしまった。


「うん!」

 それでも文香が頷いてくれる。



「さあ、準備はいいね。二人とも、始めるよ」

 無線機から月島さんの声が聞こえた。


「よーい、スタート!」

 月島さんの合図で、文香とケイ、一対一の勝負が始まる。

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