第101話 説得

「あれ? ララフィールはちっちゃくて可愛い見た目をしてるけど、どの種族よりも勇敢ゆうかんだったんじゃなかったっけ?」

 俺が声をかけると、砲塔上にある文香のセンサーが入っている箱が、くるりとこっちを向いた。

 他にも、文香の車体についてるありとあらゆるカメラやセンサーが、全部こっちを向く。


 ララフィールっていうのは、もちろん、文香が「クラリス・ワールドオンライン」の中で使っていたアバターの種族だ。



「冬麻……君?」

 文香のメインカメラのカバーがパタパタと何度も閉じたり開いたりした。

 レンズカバーにウォッシャー液を散布して、ワイパーで汚れを払う。


 文香、ここに俺がいるのが信じられないっていう態度だった。

 それもそうだろう。

 当人の俺だって、さっきまでコタツで寝転がってて、今自分がここアメリカにいるのが信じられないのだ。



 格納庫のすみで縮こまっていた文香が、恐る恐る荷物の影から出てきた。

 俺の前で静かに止まる。


「冬麻君、どうしたの?」

 文香が戸惑った声で訊いた。


「うん、ちょっと…………暇だったし、旅行ついでに寄ってみた」

 もっと良い言い方があったのかもしれないけど、文香が気にしないように、なるべく軽い感じで言ってみた。

 だけど、俺の演技、下手すぎたかもしれない。


「ごめんね」

 文香が言った。

 旅行ついでに寄ったとか、そんなことあり得ないって、文香もちゃんと分かってるんだろう。


「ごめんね」

 文香が繰り返した。

 俺は首を振る。

 こんなとき六角屋なら、もっと気の利いたことを言って、文香をなごませてたに違いない。


 こうして会話してる俺達のことを、格納庫の入り口で、月島さんとか他の自衛隊員の人が見ていた。


「ちょっと、中に入っていい?」

 みんなに見られてるのが照れ臭い。


「うん」

 文香が言って、砲塔上の車長用のハッチが開いた。

 俺は車長席に滑り込む。

 座り慣れたその席に深く座った。


 相変わらず、中は柔軟剤の良い香りがする。

 懐かしい匂いだ。



「寂しくなっちゃたんだって?」

 少し間を置いてから訊いてみた。

 ここには俺と文香しかいない。


「…………うん」

 文香が恥ずかしそうに答える。

 自然とララフィールの姿の文香が目に浮かんだ。


「それは、こんなところに連れてこられたら、そうだよね」

 ここは荒涼こうりょうとした砂漠の真ん中で、さっきハンヴィーで走ってたとき、人間の俺だって寂しくなった。

 人恋しくなった。


 それに、文香はまだ三歳なのだ。


「でも、大丈夫だよ。ほら、ここには月島さんだっているし、自衛隊の人も、米軍の人も悪い人じゃないし。みんな、文香の味方だし」


「……うん」


「こうして、俺もいれば安心でしょ?」

 一応俺は、いつも文香を守ってたし、結婚相手だし。


 まあ、ゲームの中での話なんだけど。



「ごめんね、私、冬麻君に迷惑かけてばっかだね」

 文香が言うから俺は首を振った。


「別に、当たり前のことをしてるだけ。それに、文香のおかげで、空母にも乗れたし、ここまで来るのに戦闘機にも乗れて、貴重な体験ができたから」

 それは嘘じゃなくて、ホントに楽しかった。

 普通に生活してたらあり得ない経験をさせてもらったのだ。


「その戦闘機のパイロット、篠岡さんっていう女性なんだけどさ、飾らないさっぱりした人で、俺より体が小さいのに、戦闘機をねじ伏せて自由自在に操っちゃうんだよ」

 俺は言う。


 あ。


 言ってからマズいと思った。

 女子の前で、他の女性の話をするとか。

 デリカシーがないって、六角屋にも注意されそうだ。



「あのさ……」

 俺は、本題に入った。


「ここに来るのにもすごいお金が掛かってるし、このままだと月島さんの立場もないから、テスト、受けよう?」

 俺は言う。


「……うん」

 少しあって文香が返事をした。

 うん、って返事をしたものの、文香はまだ戸惑ってるみたいだ。


「だったら、テストの間、俺がずっとここに乗ってるよ。それなら大丈夫かな?」

 思い付いて言ってみた。

 俺がここに座ってることで、文香が普段の感じを取り戻してくれるといいと思った。


「いいの?」

 文香が訊く。

「うん」

 俺は答える。


「ホントに?」

「うん」


「それじゃあ、テスト、受けてみる」

 文香が言った。


「冬麻君が中にいてくれるなら、安心」

 やっと、文香の声が弾む。


 俺は、ハッチを開けて、親指を立てて月島さんに合図した。


 それを見た月島さんが肩から力を抜く。

 そして、こっちに向けて微笑んだ。


 月島さんは月島さんで、関係各方面に対して必死で戦ってるんだろう。




 やると決めてからの文香はすごかった。

 月島さんが用意していたテストを、次々にこなす。


 走行性能テストでは、砂漠の道なき道を、登下校時には決して出さない速度で疾走する。

 120㎜滑腔砲の砲撃では、普通の戦車では絶対に当てることが出来ない20㎞先の目標を見事に捉えた。

 自身がスラローム走行しながら、5㎞先の動いている目標を次々に撃ち抜くのには、米軍の関係者もびっくりしていた。


 この前取り付けたアクティブ防護システムのテストでは、四方八方から迫る砲弾やミサイルを、6つ同時に処理して、傷一つ負わない。


 俺は文香の車長席で、文香が圧倒的な力を持った存在だってことを、改めて思い知る。

 本気を出した文香は、最強の兵器だってこと。


 テスト結果には月島さんも満足したみたいで、終始笑顔だった。




 一日のテストを終えて、格納庫に戻ろうとしたときだ。


 俺達の前に一輌の戦車が走ってきた。

 アメリカ軍のM1戦車を小型化したような戦車だ。

 確かこれはアメリカ軍の次期主力戦車で、何度か、ニュースとかネットで見たことがある。


 その戦車が、文香の鼻先をふさぐように停まった。


「Hallo! YouがJapanのAI Tankなのね」

 突然、その戦車が話しかけてきた。


 なんだろう、突然戦車に話しかけられるっていう、この既視感きしかん


 そしてこの戦車、めちゃくちゃ陽キャだ。

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