第100話 砂漠

 篠岡さんと別れてF-3から降ろされた俺は、そのままアメリカ軍の汎用はんよう四輪駆動車、ハンヴィーに乗せられた。

 砂漠の中の道を、どこに行くのか教えられないままに走っている。


 このハンヴィーには、俺の他に、白人のドライバーと黒人の案内役、二人の男性兵士が乗っていた。

 迷彩服を着てヘルメットを被った二人。

 俺なんか片手でねじ伏せちゃうような、屈強な人達だ。

 時差の関係でこっちは夜が明けたばかりなのか、二人ともちょっと眠そうな顔をしていた。



 ハンヴィーは、舗装ほそうされていない道なき道を走っていく。

 辺り一面、乾燥した草と低木、石が転がる不毛の大地だ。

 

 そんな荒涼とした大地を見てると、なんだか嫌な予感がしてくる。

 月島さんは、なんで俺をこんなところに呼んだんだろう?

 それは多分、文香と関係あることに違いない。

 ここで、なにか文香によくないことが起きたのか。

 嫌な予感が、どんどん大きくなった。



 そのまま半時も走って、やっと、進む先に建物らしきものが見える。

 建物の周囲にたくさんの車両が集まっているのも見えた。

 俺が、「あそこですか?」みたいに目で訴えると、案内役の人が「そうだ」みたいに目で答えてくれる。

 俺が英語がしゃべれれば、ちゃんと説明してくれたのかもしれない。



 もう三十分ほど走って、その建物に到着する。

 四角いコンクリートの飾り気ないビルで、いかにも軍の施設って感じだった。


 でも、あれ?


 建物の周囲に集まってる車両が見慣れた車両だ。

 軽装甲機動車に16式機動戦闘車、89式装甲戦闘車、等々、全部自衛隊の車両なのだ。

 それに、文香の元になった戦車、23式が何輌か停まっている。

 一瞬、ここは日本なのかって錯覚した。


 俺は、そこでハンヴィーから降ろされる。



「冬麻君!」

 降りた途端、声をかけられた。

 聞き慣れた声だ。


 振り向くと、トレンチコートを着た月島さんが手を振っていた。

 月島さん、コートの裾をひるがえしてこっちに走ってくる。

 学校を離れてトレンチコートを着てる月島さんは、いかにも「軍人」って感じがした。


 とにかく、初めての土地で、知ってる人と会えてホッとする。


「冬麻君、待ってたよ。無理矢理こんなところまで連れてきてごめんね」

 月島さんはそう言って両手で俺の手を握った。

 周りを他の自衛隊員の人に囲まれてるから、なんか気恥ずかしい。


「っていうか、ごめんなさい。本当に本当にごめんなさい。帰ったら何でもするから、許してね」

 月島さんが手を握ったまま頭を下げた。


 ん?

 今、何でもって…………


 年上の女性から「何でもする権」を一つ得ただけで、ここに来た甲斐があるといえよう。



「それで、一体どうしたんですか?」

 俺は訊いた。


 とにかく、こうなった事情が知りたかった。

 ここまで一切の説明がなかったのだ。


「うん、そうだね」

 月島さんは深く頷いてから答える。


「ここは、ヤキマトレーニングセンターっていって、アメリカのワシントン州にある米軍の演習場なの。毎年、私達陸上自衛隊もここで訓練をしてる。ほら、日本国内の演習場だと、狭くて訓練をするにも制限があるでしょ? その点ここは砂漠の真ん中でだだっ広いからね。普段出来ないような訓練が出来たり、テストが出来たりするの」

 確かにここは辺り一面、見渡す限りの砂漠だ。

 飛行機で空からみたけど、ホントになんにもなかった。


「それで今回、文香の性能をテストするために、ここに連れてきて色々と計測しようと思ってたんだけどね…………」

 そこで月島さん、眉を寄せる。



「文香、ホームシックになっちゃったみたいなの」

 月島さんがそう言って肩をすくめた。



「ホ、ホームシック? ですか?」

 俺は、声を裏返しながら訊く。


「うん、そうなの。彼女、ちょっとナーバスになってて……ここは初めての場所だし、周りも知らない人ばかりだし、寂しくなっちゃったんだね」


 マジか……


 戦車もホームシックになるのか。


 確かに、俺達が出会ったゲーム「クラリス・ワールドオンライン」の中でも、文香はずっと俺にくっついてた。

 ギルドのメンバーに金魚の糞ってからかわれて、それでも文香はずっと俺と一緒にいた。


 元々、人見知りで寂しがり屋の性格ではあったんだろう。


「文香が海外に出るのは初めてじゃないから、今回も心配はしてなかったんだけど、学校に通うようになって、冬麻君や、文化祭実行委員のみんなとふれ合ううちに、文香にもそんな感情が芽生えたのかなって考えているの」


 俺達と一緒にいて、文香が、より、人間らしくなったってことだろうか?

 それで、ホームシックにかかった。


「まあ、それはそれで悪い傾向ではないんだけれど……」

 月島さん、困りながらも少し嬉しそうな顔をしている。

 それは、文香のAIをプログラムした技術者としての興味なのかもしれない。


「だけど、このままだとらちが明かないし、せっかくここまで来たのにそれが無駄になりそうだったら、冬麻君を呼び寄せたってわけ。最短で来られるように、ちょっと無理をしたけどね」


 ちょっと…………だと?


 ヘリコプターにオスプレイ、空母にF-3を乗り継いで、空中給油から二度の給油も受けたのが、ちょっとだけ?

 相当、お金もコネも使ってる気がするんですけど。


 もしかして月島さんって、俺が考える以上に偉い人で、政治力があったりするんだろうか?



「冬麻君、文香に声をかけてあげてくれないかな? あなたがいるだけで、彼女、安心すると思うの。あなたに声をかけてもらうだけで、元気が出ると思うの」

 月島さん、手を合わせて俺を拝んだ。


「それはもちろん、構いませんけど」

 どうせ、こたつで寝転がってるだけの正月だったし、俺に出来ることなら手伝いたい。

 こんな、何の取柄とりえもない俺でも、人の役に立つことがあるなら。


「よかった。ありがとう!」

 月島さんにハグされた。


 だから、自衛隊員の人が見てるし、ここがアメリカであることを考慮しても、ハグはちょっと大胆だと思う。




 肝心の文香は、演習場内の格納庫でじっとしていた。

 広い格納庫の奥に陣取って、他の荷物の影に隠れている。 

 月島さんによると、そこにもったまま出てこないらしい。



 俺は、静かに文香に近付いた。

 冬季迷彩のままの文香は、砂漠の砂埃を被って、少し汚れている。


「あれ? ララフィールはちっちゃくて可愛い見た目をしてるけど、どの種族よりも勇敢ゆうかんだったんじゃなかったっけ?」

 俺が声をかけると、文香のセンサーが入っている箱が、くるりとこっちを向いた。


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