第94話 遅い朝食

 まだ頭がぼーっとしている。


 部室の中庭で四式中戦車を発掘したあと、みんなで温泉に浸かって、そこから、文化祭実行委員会の忘年会に突入した。

 いつまでも終わらない忘年会は夜を徹して行われて、中庭の露天風呂にもう一回みんなで入ったから、たぶん、うたげは二日続いたんだと思う。


 冬休みとはいえ、曜日感覚も時間の感覚もなくなっていた。

 気がつくと、俺はいつのまにか家に帰ってて、自分のベッドで寝ていた。


 ベッドの上に投げ出してあったスマホを見ると、今は12月30日の、午後1時過ぎらしい。


 頭がぼーっとしてて、体のあちこちが痛かった。

 それは、四式中戦車発掘のときにスコップでひたすら土を掘り返してた筋肉痛と、酔った花巻先輩と月島さんが、忘年会のあいだずっと、俺の膝の上に座っていたからだと思われる。

 二人はかわりばんこに俺の膝の上に座ってた。

 ここが一番落ち着くんだ、とか、なんとか言って。

 トイレに行くのに、一々お姫様抱っこを強要されたのもあるし。


 最後には、お酒を飲んでないから酔ってないはずの伊織さんと今日子まで、なぜか俺にお姫様抱っこを要求してた。


 体中が痛いけど、なんだか心地良い痛みだ。



 カーテン越しに日の光が差し込んでいて、今日は比較的暖かいらしい。

 どれだけ寝てたのかは分からないけど、そろそろ起きないといけないと思った。


 さすがにお腹も減ったし。


 一階に降りて、母に文句を言われながら、ダイニングで朝食とも昼食ともつかない食事をとる。


 さて、おなかも一杯になったところで、なにをしよう。


 文化祭実行委員になってからというもの、その用事で飛び回ってたから、こうして、なんにもすることがない暇な時間を過ごすのは久しぶりだった。

 本当のことを言うと、年末年始も花巻先輩から部室に呼び出されて、色々あると思ってた。

 文化祭実行委員のメンバーと、それに伊織さんも入って、部室で鍋つついたり、除夜じょやの鐘聞いたり、初詣はつもうでに出かけるのかと思ってた。


 それが、みんな用事があって、文化祭実行委員会としての活動はないらしい。

 おかげで暇になってしまった。


 よし、ここはひとまず百萌を突っついてこよう。

 突っついて、頭をなでなでして、妹を愛でるのた。




「出てって!」

 ところが、俺が部屋に入るなり、百萌が言う。

 あの、可愛い百萌が俺を拒否した。

 俺を部屋から押し出して、ドアを閉めようとする百萌。


 百萌、ほっぺたをふくらませている。


「もう、お兄ちゃんは!」

 心当たりはないけど、なんか怒っていた。


「お兄ちゃん、最近、ずっと文化祭実行委員の人といて、百萌のこと、全然相手にしてくれないし!」

 ああ、そういうことか。


「都合のいいときだけ百萌にちょっかい出してくるなんて、百萌は、そんな都合のいい妹じゃないんだから!」

 百萌が、膨らんだほっぺたをさらに膨らませる。

 イースト菌でぱんぱんに膨らんだパン生地みたいな、もちもちのほっぺただ(控えめに言って、食べちゃいたい)。


 っていうか、『都合のいい妹』って、なんだよ……

 なんというパワーワード。


「ちゃんと反省するまで、百萌はお兄ちゃんのこと相手にしてあげません!」

 完全にねている百萌。

 拗ねているところも含めて、百萌は、世界一可愛い妹なのだ。


 仕方がない、こうなったら少し冷却期間を置かないといけないだろう。

 後で、百萌が大好きなまるごとバナナでも買ってきて、機嫌を取るしかない。



 百萌が相手してくれないとなると……


 そうだ、こういう時こそ、隣の家の文香と一緒にいればいいんじゃないだろうか?

 あの、居心地が良い文香の車長席。


 座り心地がいい椅子があって、空調も完璧だし、飲み物も、おやつも揃っている場所。

 見やすいモニターに、超高性能のコンピューター、絶対に落ちない回線があって、重いゲームも快適にできる。


 そして、どれだけゲームしても、誰にも邪魔されることはない。


 アクティブ防護システムに守られた鉄壁の外装。

 俺の安全を脅かそうって奴が来たら、文香がその120㎜滑腔砲で追い払ってくれる。


 そうだ、文香のところへ行こう。

 冬休みだし、久しぶりに二人で、じっくりゲームをするのもいいかもしれない。


 俺は、そう考えて家を出た。



「おはよう」

 玄関を出て、隣の家の駐車スペースに居る文香に声を掛ける。


「冬麻君、おはよう」

 文香が砲塔を下げて挨拶した。


「ちょっと、中でゲームさせてもらっていい?」

 俺は訊く。

「えっ、うん、冬麻君あのね、ちょっと…………」


 あれ?

 文香、歯切れが悪い。


 俺が中に入れてくれって頼んだら、文香、めちゃくちゃ喜ぶと思ってたのに。

 無条件で入れてくれると思ったのに。


 それは、俺の思い上がりだろうか?


「あら、冬麻君こんにちは」

 そのタイミングで、隣の家の玄関から月島さんが出てきた。

 月島さん、ばっちりスーツで決めている。

 ここ二日間、浴びるほどお酒を飲んでたのに、月島さんは二日酔いとは無縁みたいだった。

 凜々しい将校の顔をしている。


 そんなスーツ姿の月島さんは、スーツケースを引いて、ボストンバックを持っていた。


「どこか行くんですか?」

「ええ、ちょっとアメリカの方にね」


「ああ……」

 そういえば月島さん、露天風呂に入りながらそんなこと言ってた。

 冬休みに、海外旅行するみたいなこと。

 今から出発するんだろうか?


「月島さんが旅行してるあいだ、文香は一人でここに居るんですか?」

 俺は訊いた。

 文香はこの家で一人寂しく年を越すんだろうか?

 親代わりの月島さんがいなくて、文香はひとりぼっち。


 まあ、いくら文香の開発責任者っていっても、月島さんだって休暇は欲しいだろうし、長い休みに、旅行くらい行きたいだろう。

 それを責めるのはこくだ。


「いえ、文香も私と一緒に行くのよ」

 月島さんが言った。


「えっ?」


「言ってなかったっけ?」

「はい、聞いてません」


「ちょっと野暮用やぼようで、文香もこれから私と一緒にアメリカに行くから」


 そう、なんだ…………


「冬麻君、ゴメンね」

 文香が悲しそうな声を出した。



 まもなく、玄関に73式特大型セミトレーラ改が乗り付けられた。

 前に、お婆さんの温泉旅館に行ったとき文香を運んだヤツだ。

 文香が、その荷台に載せられる。


「それじゃあ冬麻君、良いお年を。お土産買ってくるから楽しみにしててね」

 月島さんが言う。

 セミトレーラの運転席にスーツケースを積んで、自分も乗り込む月島さん。


「冬麻君、ゴメンね」

 文香が繰り返した。


 エンジンが掛かって、セミトレーラが発進する。

 文香は、砲塔を回して、センサーを俺の方に向けた。

 そして、角を曲がって見えなくなるまで、ずっとこっちを見ていた。


 そうして、文香も月島さんも行ってしまった。


 俺は一人残される。



 こうして年末年始に一人でいるのは去年までと変わらないのに、なんだか、無性にに寂しくなった。

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