第93話 湯の中

 それまで四式中戦車が埋まっていた穴の底に、防水シートを敷いた。

 シートの端っこを、発掘作業で土中から出てきた重石で囲む。

 そこに、部室の外の水道からホースで水を注いだ。

 そうして出来た水溜まりに、自在に曲がるステンレスのフレキパイプを繋いで、ポンプで水を循環じゅんかんさせる。

 次に、フレキパイプの一部を、熱くなった文香のラジエーター部分に通した。


 フレキパイプが文香のエンジンで熱せられて、熱が水に伝わる仕組みだ。


「私も、ソロキャンプに行って風呂に入りたくなったときには、このフレキパイプを焚き火で熱して湯を作るのだ。皆も、試してみるといいだろう」

 花巻先輩が言った。


 先輩、いかにも簡単なライフハックを紹介した、みたいな感じで言うけど、まず、ソロキャンプには行かないし、行ったとして、そこで風呂を沸かそうなんて考える人はいないと思う。


 文香がエンジンを回して少しすると、パイプを循環する水が段々と暖かくなった。

 三十分もしたら水面から湯気が上がって、ちょうどいい湯加減になる。

 あとはそれに、花巻先輩が温泉の素を入れた。

 お湯が、とろとろの乳白色に染まる。

 穴の四隅をランタンのオレンジの光で照らしたら、雰囲気も出てきた。


 星空の下の露天風呂の完成だ。


 中庭はカモフラージュネットで囲ってあるし、外から見えることもないだろう。

 ここまで準備するのに二時間経ってて、時短のために風呂を作ったはずが、逆にかなり時間が掛かってることは内緒だ。



 そうしてできた温泉には、女子達が先に入った。


 女子達が縁側で服を脱いでタオルを巻くあいだ、俺と六角屋は部室の居間で静かにしている(あるいは、ふすまを開けたいという煩悩ぼんのうと戦っていた)。



「あったかーい!」

「温まるぅ」

「気持ちいーい」

「うむ、良い湯加減だ」

 庭から女子達の弾けた声が聞こえた。


 声だけで、ご飯三杯くらい食べられそうだ。


「小仙波君、六角屋君、私達お湯に浸かったから、もう、入ってきていいよ」

 庭から月島さんが呼びかける声が聞こえた。


「さあ、怖がらなくていい。我らは目をつぶっているから、小仙波も六角屋も入っておいで」

 花巻先輩の声が続く。


 俺と六角屋も、縁側で裸になった。

 腰にタオルを巻く。

 裸になった途端、北風が吹いてきて震えた。

 早く湯につかりたい。


 俺達が入ろうとしたら、花巻先輩が目をぱっちりと開けてるっていうボケをかまして、俺が思わず「きゃー!」って悲鳴を上げたあと、俺達も湯に入った。


「さあ、小仙波、ここに来い」

 先輩が湯面を叩いて、俺は先輩と伊織さんの間に収まる。

 六角屋が今日子と月島さんの間に入って、みんなで輪になった。


 入ってみると、お湯が少しぬるい。


「文香君、もう少しエンジン回してくれ」

 先輩が穴の外にいる文香に声を掛けた。


「はい、ただいま!」

 文香が楽しそうに返事をする。

 穴の外で、文香のV8エンジンがうなった。


 最新鋭戦車を風呂焚きなどに使っていいのかと、罪悪感がないわけではない。



 前にもみんなで温泉につかったことはあるけど、何回経験しても混浴は緊張した。

 だって、俺の両脇には、たわわなモノが四つ、ぷかぷか浮いているのだ。

 その深い谷間を、乳白色のお湯が揺蕩たゆたっているのだ。

 ちょっとでも動くと、花巻先輩か伊織さんの腕に触れそうだから、お湯の中で体育座りして固まってるしかないし、女子達はみんな髪を上げてるから、無防備なうなじが見えてドキドキするし。



「ところで皆、年末年始はどうするんだ?」

 お湯の中で花巻先輩が訊いた。


「私は、家族で田舎の方に帰省します」

 今日子が言う。

 まだ隣りに住んでた頃から、今日子の家族は年末から祖父母の家に行ってた。


「僕も、父の実家ですね」

 六角屋が答える。


「私の家には、新年の挨拶で一族が集まるので、その対応で忙しいです。お着物とか、着なくちゃいけないし」

 伊織さんが言った。

 一族って、やっぱり良家の子女は違う。

 伊織さんの着物姿は、素直に見てみたいと思った。


「私は各方面の新年会の梯子はしごだな。分刻みのスケジュールが組まれている。体が二つも三つも欲しいくらいだ」

 先輩が言う。

 さすがの先輩も、正月はこの部室を留守にするのか。


「先生は、どうするんですか?」

 六角屋が訊いた。


 月島さん、顔が真っ赤になって、ひたいに汗をかいている。

 お風呂で大人の女性のすっぴんを見るのは、重大な秘密を覗くみたいで、ぞくぞくした。


「ええ……、私は、アメリカの方にちょっと…………」

 月島さんが目を泳がせながら答える。

 へえ、月島さん、海外旅行なんだ。

 アメリカのどこにいくんだろう?

 ハワイとか、グアムとか?


「ほう、山崎先生は海外旅行ですか。優雅ですねぇ」

 花巻先輩がなにか含みがある言い方をした。


「小仙波君は?」

 隣りにいる伊織さんが、僕を覗き込んで訊く。

 小首を傾げたそのカワイイ仕草に、のぼせそうになった。


「うん、えっと……」


「冬麻はずっと寝正月。でしょ?」

 俺の代わりに答えたのは今日子だ。

 なぜ、今日子が答えるんだ……


「そう、ずっと家にいる、かな」

 その通りだから、言い返せない。

 寝正月でぐだぐだしながら、妹の百萌を突っついてる正月になると思う。


「それでは、皆で集まるのは来年の新年会になるな。風呂から上がったら、今年最後の宴会としよう。今年を締めくくる、大宴会としよう」

 花巻先輩が言った。


「賛成!」

 みんなが声を揃える。


 それにしても、さっきからお湯の中で俺の内股うちももの辺りをずっと足の指でくすぐってるのは、一体、誰なんだろう?

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