第95話 こたつみかん

 大晦日と元旦、そして一月二日は、何事もなく、ただ、時が過ぎた。


 食べて、寝て、妹の百萌を突っついて、食べて、寝て、百萌をなでなでして、食べて、寝て、百萌を突っついて、食べて、寝て、百萌をなでなでして…………


 そんな、平和といえば平和な年末年始を過ごす。


 正月も三日。


 俺は、和室のこたつに寝転がって、テレビを見ていた。

 箱根から帰る駅伝のランナーを漠然ばくぜんと見ている。

 どこの大学を応援するってわけじゃなく、その時テレビに映ったランナーをとりあえず応援していた。


 こたつの上には、みかんとホワイトロリータが入った菓子盆があって、時々それを摘まむ。

 そして、渋いお茶を飲んだ。



 今頃、みんな、なにしてるだろう?

 テレビを見ながら、そんなことを考えた。


 花巻先輩は、確実に酔っ払っている。

 今日子は、集まった親せきの子供達を叱ってると思う。

 六角屋は、誰か女子とデートしてるかもしれない。

 伊織さんは、大きなお屋敷で、晴れ着を着て、優雅なパーティーの最中だろう。


 そして、月島さんと文香は、今、アメリカか。


 それにしても、月島さんと文香、アメリカに何しに行ったんだろう?

 月島さんだけだったら観光旅行の線もあったけど、文香も一緒ってなると、やっぱり仕事だろうか?


 でも、アメリカで仕事って?

 文香も同行する仕事。


 謎は深まる。


 とりあえず、みかんをむいた。


「はぁ」

 そんな俺を見て、妹の百萌が聞こえよがしにため息を吐く。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんがこうして百萌と一緒にいてくれるのは嬉しいんだけど――」

 百萌が腕組みした。


「もう、三箇日さんがにちも終わるし、そろそろ、誰かと出かけてみれば?」


「誰かって……みんな、用事があるみたいだし」

 みんなそれぞれ、家族とか友達と過ごしていて、俺なんかには、お誘いもない。


「お兄ちゃん、そういうときは、自分から誘ってみればいいんじゃないかな?」

 百萌が言う。


「誘うって……」


「一緒に初詣に行ったり、遊びに行ったりする人を誘えばいいんだよ」


「でもさ……」


「お兄ちゃんにには、そういう積極性が足りないよ。こっちから積極的に動かないと、いつまでたっても彼女なんてできないよ。案外、向こうもお兄ちゃんが誘ってくれるのを待ってるかもしれないし」


 百萌……


 いつのまにか、百萌から人生を教えられるようになっている。

 大きくなった百萌に感動。

 ついこないだまで、おしめをしてたと思ってたのに。


「ほら、誘えるような女子はいないの? お兄ちゃんのそのスマホには、女子のアドレスとか、電話番号とか、入ってない?」


「入っている、けど…………」


 母に、百萌に、花巻先輩に、今日子に、月島さん。そして、伊織さん。あと、文化祭で知り合いになった、雅野みやびの女子学院の何人かの連絡先も知っている。


 だけどその中の花巻先輩は新年会に飛び回ってるだろう。

 今日子は付き合ってくれそうだけど、「なんであんたとお正月を過ごさないといけないのよ!」とか、色々と憎まれ口を叩かれそうだ。

 月島さんは、文香とアメリカに行っている。

 文化祭で知り合った雅野女子の何人かとは連絡先を交換しただけで、それ以降、一度も連絡したことがない。

 今さら連絡したって、もう俺のことなんて忘れてるだろう。


 そして、伊織さんを誘うなんか、絶対にあり得ないし。


 伊織さんは優しいから、俺が誘ったらむげに断ったりはしないだろけど、断る言い訳に苦労すると思う。

 伊織さんに迷惑かけてしまう。

 俺と、次期生徒会長最有力候補で学校のスターである伊織さんとでは、身分違いだし。



「もうお兄ちゃん! そのスマホ、百萌に貸しなさい!」

 百萌がそう言って、俺の手からスマートフォンを奪い取った。


「この中から、百萌が勝手に電話かけちゃうから」

 百萌はそんなことを言う。


「だ、ダメだって!」

 俺はこたつから飛び出した(さ、寒い)。 

 百萌を追いかけてこたつの周りをぐるぐる回る。

 やがて捕まえた百萌と、畳の上でもみ合いになった。


「ほら百萌、スマホ返せ!」

「いや!」


 百萌は俺のスマホをがっちりと握っていて放さない。


 はあ、仕方ない。


 本意ではないけど、百萌の脇腹をくすぐろう。

 百萌の弱点がそこなのはよく解っている。

 脇腹をくすぐられると、百萌はセンシティブな声を出して降参するはずだ。

 俺だってそんなことしたくはないんだ。

 妹のふにふにと柔らかい脇腹をくすぐるなんて、悪魔の所行だ。


「お兄ちゃん! 止めて!」

 百萌がもだえる。


「スマホ返せ!」


「いや、だってこれは!」


「早く返さないと、笑い死ぬぞ」


「もう! お母さーん! お兄ちゃんがいじめる!」



 兄妹でそんなことをしてたら、奪い合っている俺の電話が鳴った。

 電話が掛かってきた。


 その音にひるんだ隙に、百萌からスマホを取り戻す。

 急いで電話をとった。


 通話なんて滅多にしないから、電話のとり方を忘れかけている。



「冬麻君?」


 電話の声は、月島さんだった。

 なんか、ノイズ混じりの声だ。


「ちょっと、今、文香が大変なことになってて、冬麻君、悪いんだけど、こっちに来てくれないかな?」

 月島さんが言う。


 文香が大変なことになってる?


 でも、こっちに来てって、いや、今、月島さんと文香は、アメリカにいるんじゃないのか?

 遠い海の向こうにいるはずだ。


 俺に、どうやってそっちに行けっていうんだ?


「冬麻君、すぐに迎えが行くと思うから、なんの準備もなく、身一つで来てくれればいいよ。必要な物はこっちで用意する。ご両親にも、私から話はつけとくから」

 月島さんが一方的に言う。


「それから……」

 さらに月島さんが何か言いかけて、それが大きな音にさえぎられた。

 頭上から、連続的な破裂音がする。

 その爆音で電話の声がまったく聞こえなくなった。


 俺は、窓から空を見上げる。


 すると、うちの真上でヘリコプターがホバリングしていた。

 深緑色の、陸上自衛隊のヘリコプターだ。


 窓を開けて顔を出すと、そのヘリコプターからロープを下ろして、自衛隊員の人が庭に降下してくるところだった。


 いや、マジか…………


 俺の平和だった正月が、その瞬間、吹き飛んだ。

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