第76話 ゴーグル

 文香より先に学校に復帰したのは、月島さんだった。

 文香が発砲した事件の翌々日、体調不良を理由に学校を休んでいたプログラミング講師の山崎先生こと、月島さんが戻ってくる。


 ちょうど、俺達のクラスでもプログラミングの授業があったから、普通に月島さんから授業を受けた。


 月島さんは、コンピューター室で、休む前と変わらない授業した。

 授業中は、ちょっと厳しくて近寄り難い雰囲気をかもし出している月島さん。

 その冷たい視線に性癖をくすぐられて、叱られたいと願う男子生徒多数。

 月島さんのおかげで、我が校生徒のプログラミングの技術は、着実に上がってると思う。


「ほら、小仙波君。ぼーっとしてないで、手を動かしなさい」

 月島さんの方を見ながら考えてたら、注意されてしまった。

 クラスメートに笑われる。


 でも、こんなクールな感じの月島さんが、部屋を片付けられなかったり、いいこいいこされると喜んじゃうような、カワイイ人ってことを俺は知っている。



 職場復帰した月島さんは、放課後、部室にも顔を出した。

 部室には、文香以外の文化祭実行委員と、伊織さんが揃っている(伊織さん、ここのところ毎日のように部室に来てくれた)。


 月島さんは、部室に一抱えあるジュラルミンのケースを持ってきた。


「これが、この前話してたゴーグルね。文香ちゃんと小仙波君のクリスマスデートを実現するための道具だよ」

 そう言って、居間のちゃぶ台の上でケースを開く。


 中には、ちょっとツルが太い眼鏡って感じのチタングレーのゴーグルと、それに繋ぐケーブル、そして、スマホを三台重ねたくらいの大きさのバッテリーケースが入っていた。

 ゴーグルには、両端と真ん中、そしてツルの外側に向けて二台の、計五台のカメラが付いている。

 レンズの部分は半透明になっていて、かけた人物の視界を確保すると共に、その内側が、画像や文字なんかの情報を表示するディスプレイになっていた。

 ツルの部分には、さらにマイクとスピーカーが付いていて、周囲の音を聴いたり、音を出したりも出来るらしい。


 文香と俺のデートを実現する仕組みをおさらいしておくと、伊織さんがこのゴーグルを付けて、現実世界においての文香のアバターになる。

 文香はこのゴーグルからの映像を自分の視界として認識して、マイクが耳の代わりになる。

 文香が起こそうとする行動はゴーグルのディスプレイに投影されて、伊織さんがその指示の通りに行動する。

 そうやって、AIの文香に人間の体を与えるのだ。


「ほう、無数の装置が詰まっていながら、こんなに小さくまとまっている。こんなゴーグルを用意できるなんて、さすがは山崎先生ですねぇ」

 花巻先輩が言った。


 先輩が言うとおり、ゴーグルは普通のサングラスとして売ってても分からないくらい小型化されている。

 この中にカメラやマイク、ディスプレイへの投影装置、スピーカー、通信機能に、メイン基板が入っているのだ。


「ま、まあね。私、IT系に知り合い多いから」

 月島さんが笑って答える。

 表情がちょっと引きつってたけど。



「それじゃあ、これ、文香ちゃんに使う前にテストしてみようよ」

 今日子が言った。


「そうですね。私、テストでこれをつけて小仙波君とデートしてみます」

 伊織さんが言った。


「ううん、伊織さんは本番のデートにもつきあってくれて悪いから、テストくらい、私がするよ」

 今日子が言う。


「いいえ、このゴーグルの使い方をレクチャーするためにも、最初は私が小仙波君とデートした方がいいんじゃない?」

 月島さんが言った。


「いや、実行委員のおさとして、この装置の素性すじょうを知っておく義務がある。ここは、間をとって私が最初に試すとしよう」

 花巻先輩が言う。


 この流れ、女子達、また、野球拳で決めようとか言い出しそうな感じだ。



「ちょっと待ってください」

 すると、それまで黙っていた六角屋が口をはさんだ。


「本番は仕方ないとして、テストにまで生徒会の伊織さんに付き合ってもらって手間をとらせることはないと思います。それに、まだよく分からない装置をいきなり女子に使ってもらうのは、僕の信義しんぎにもとります」

 六角屋がそんな余計なことを言った。


「それなので、テストは僕がやります」


 はっ?


「僕がゴーグルを付けて小仙波とデートします」


 六角屋、何を言い出してるの?




 一時間後、俺はなぜか商店街を六角屋と並んで歩いた。

 ゴーグルを付けた六角屋と、肩が触れ合う距離で歩いている。


 クリスマス目前の街は、キラキラ輝いて浮かれていた。

 街中がクリスマスツリーやリース、LEDライトで飾られて、そこここの店からクリスマスソングが流れている。

 そんなきらびやかな街を、楽しそうなカップルが何組も歩いていた。


「ほら、六角屋君、もっと小仙波君に近づいて。離れてると、シミュレーションにならないでしょ」

 指示用のスマホのスピーカーから月島さんの声が聞こえる。


「はい、分かりました」

 六角屋が答えて俺に寄り添ってきた。


 これ、なんの罰ゲームなんだ。

 俺は、前世でどんな罪を犯したんだよ…………


「ホントに自分が小仙波君とデートしてるみたい」

 ゴーグルのマイクから、そんなふうに言う伊織さん声が聞こえてきた。

 ここから遠く離れた部室では、六角屋が付けたゴーグルからの音と映像が、ついを成すVRゴーグルに送られて、それを伊織さんが付けている。


「これなら、文香ちゃんも小仙波君とデートする感覚が味わえると思う」

 伊織さんが太鼓判たいこばんを押した。


「私にも代わって」

 今日子の声がスマホから聞こえて、部室でVRゴーグルを伊織さんから付け替えたらしい。


「ホントだ。自分が街の中にいるみたい」

 今日子も言う。


 そして、今日子がディスプレイに出す命令に従って、六角屋が動いた。

 六角屋は今日子の命令で首を動かしたり、その場で一周回ったり、店先の商品を手に取ったりした。


 はたから見ると、商店街を男子高校生二人が並んで歩いて、一方がキャッキャしてるっていう、不思議な光景だろう。


「それじゃあ、六角屋君にはこれもやってもらおうかな」

 今日子が言った。

 今日子の声が、なにか悪戯するときみたいに少し弾んでいる。

 幼なじみの俺にはそれがよく分かった。


「あの、源さん、その命令、マジですか?」

 六角屋が訊く。


「マジです」

 今日子が言った。


 嫌な予感がする。


 すると、六角屋が俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「べ、別に俺がやりたいって思ったわけじゃないんだからな。ディスプレイに映った命令だから」

 六角屋が言い訳するように言う。


 ああ、俺もそうであってほしいと願う。



 こうして、どうにか装置のテストを終えた翌日、学校に文香が帰ってきた。

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